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2025年3月21日金曜日

新しい季語のはなし

田島健一さんが最近、Youtubeで短い動画をアップして、俳句に対する考えを発信している。(秘密の俳句ちゃんねる

いろいろ面白いこと、興味深い発言が多く、刺激がある。
そのなかで、新しい季語は定着するか、という話があったので、関連づけて私見をまとめておく。

先に結論じみたことを言ってしまうと、私は新季語の創案、提唱に関して大推進派で、講座や教室でも奨励している。実際に定着する季語は少ないかもしれないが、試みとしては大いに進めればよいし、そもそも歴史的に季語は増え続けているのだから、今後も新しい季語はどんどん生まれると確信する。
また、新季語について考え、議論することで季語に対する考えが深まると思っている。

ありふれた事例でいえば、もちろん「スキー」や「スケート」、「ラグビー」などのスポーツ語彙はことごとく近現代のものであり、「扇風機」「ストーブ」などの家電、「キャベツ」「ブロッコリー」などの飲食物、「クリスマス」などの行事、など、どう考えても明治以降季語は増え続けている。

新しいのに気づきにくい季語もある。たとえば、「春一番」という季語は多くの俳人が好んで使うが、季語としては新しいものである。
このことは私も何度か書いており(季節のエッセー(29))、国語辞典編集者のコラムでも、1965年発表の小説や、1956年刊行の高橋浩一郎『日本の気象』(毎日新聞社)が古い例として指摘されている(日本語、どうでしょう 第251回「春一番」)。

もとは西日本の方言が広まったといわれており、民俗学者・宮本常一(1907~81)の1936年の報告書にある記述が文献上の初出といわれている。
同じくジャパンナレッジで提供されている季語エッセイでは、同じ春の強風をあらわす言葉として「春疾風」「春荒」「春嵐」などをあげ、季語としての定着は新しいと指摘している。
俳句のほうで中村草田男(「春疾風乙女の訪ふ声吹きさらはれ」)や石田波郷(「春疾風屍は敢て出でゆくも」)などが詠んでから、季語として注目され出し、普及した。

季節のことば 春一番

このエッセイでは、「春一番」の意味を、次のように解説している。

春一番という語感には、厳しく寒い冬から開放され、暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じがあるが、実態はやや異なる。そもそもこのことばのルーツには、悲惨な海難事故がある。安政六(1859)年、旧暦二月十三日、長崎県五島沖に出漁した壱岐の郷ノ浦の漁師53人は、春先の強い突風にあって遭難、全員、水死してしまう。このとき以来、春の初めの強い南風を「春一(はるいち)」または「春一番」と呼ぶようになり、当地では今日でも二月十三日には出漁をみあわせ、「春一番供養」を行っている。......春北風も黒北風も一般的な冬の季節風のように長続きしないが、濃霧をともなうので、漁船にはたいへん恐い存在なのである。

しかし「春一番」という季語の本意として、「悲惨な海難事故」をともなう「漁船にはたいへん恐い存在」であることが、認識されているだろうか。むしろ一般には、「暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じ」で使われているのではないか。
こうした「明るい感じ」の源泉は、実はあの有名なアイドル曲らしい。

昭和51年(1976年)3月にリリースされたアイドルグループ・キャンディーズの9枚目のシングル「春一番」は大ヒットしました。
「雪がとけて川になって流れ、風が吹いて暖かさを運んできた」という歌のイメージは、当初の海難を引き起こす危険なイメージの「春一番」とは別の側面ですが、「春一番」という言葉を浸透させました。
そして、気象庁には「春一番」の問い合わせが殺到するようになり、気象庁は春一番の定義を決め、昭和26年(1951年)まで遡って春一番が吹いた日を特定し、平年値を作り、「春一番の情報」を発表せざるをえなくなっています。

キャンデーズがきっかけ 気象庁の「春一番」の情報 饒村曜

作詞・作曲は穂口雄右(1948~)。195-60年代に広まった言葉を作詞家が取り入れて、1976年にヒットしたアイドル曲のイメージが、「春一番」という季語を支えている。

この一事をもってしても「新しい季語は定着しない」という通説は間違いであると思う。

新季語の利用についてしばしば言及されるのが、黛まどか氏の『月刊ヘップバーン』がかつて提唱した新季語だ。
『月刊ヘップバーン』誌面を検証していないので、実際にどんな新季語が提案されたのか、全体を検討できていない。国会図書館には所蔵がないようで近年充実したデジタルコレクションでも確認できなかったが(俳句文学館には所蔵があるようだ)、よく言われる例として、サザンが夏の季語、広瀬香美は冬の季語、などがある。

これらは人名季語というべきものだ。「稲川淳二は夏の季語」というネタもよく話題になる。『ヘップバーン』で提案されたかどうかは確認できないが、落語や漫談から独立して怪談に特化した話芸の先駆者として、稲川氏の存在そのものが風物詩であり、夏の季節感があるというのは、よくわかる話だ。
数年前、ついに本人が「俳句協会の歳時記に登録された」と発言し、ちょっとした騒ぎになった。
もっとも、「俳句協会」ってどこの協会だ、というあたりで出所が怪しく、芸人らしいネタかリップサービスとみるのが妥当ではないかと思われる。
そういえば『里』の特集で、羽生結弦を冬の季語に、という特集が組まれたこともあった。
しかし、こうした話題に関連して何人かの俳人が取材に答えて発言していたが(参考1参考2)、結論としては、「人名」が季語になる例は、原則ない。
つまり、怪談噺で知られる三遊亭圓朝が夏の季語になったり、忠臣蔵が得意な役者が冬の季語になったりすることはないのだ。

理由としては、当たり前だが生きた人間は季節限定で活動しているわけではないから、その人に対しても無礼であるし、流行が去れば芸能人は忘れられる、などが想定できる。逆に忌日や関連の記念日が季語になるのは、日時が限定され、時代を超えて継承されるからだ。(新季語に抵抗を示す人のなかにも祝祭日や忌日には抵抗がないことがあり、奇妙に感じられる)

従って、サザンや広瀬香美が季語として成立しなかったのは、人名季語だったからであり、試みとして全て無駄だったとはいえない。
なお「俳句の大好きなヘップバーンOGたち」が集まる「俳句座☆シーズンズ」のHaiku Q&Aコーナーに、次のような回答がある。

ヘップバーン新歳時記には、現代の暮らしの中に新しく登場し、浸透してきた風物詩が提案されています。新季語は例句も少なく、どのように詠んだらいいのか、初心者でなくとも苦しむところです。......まずは、季語を自分で見たり聞いたり体験してみることが大切です。「ボージョレ」、「ポトフ」など飲食に関するものや、「新色」、「保湿」、「ブーツ」といったメイクや装いに関するものなら、比較的簡単に試すことができますし、「クリオネ」、「ホエールウォッチング」など、実際に目にすることが難しいものも、インターネット・書物・新聞・テレビなどから情報を得ることが出来ます。

ここであげられた新季語のなかで、「ボージョレ」は秋の季語として充分理解できるし、「ポトフ」や「ブーツ」も、使用例は少ないだろうが、冬の季語とわかる。「新色」「保湿」などは季節を問わず重視されることがあり、季語としてはわかりにくいが「ホエールウォッチング」は、カタカナが目を引くだけで「鯨」の傍題である。
つまり、飲食やファッションなど従来の季語の延長上なら、新季語の理解はちっとも難しくないことがわかる。
ほかに行事の事例なら、「ルミナリエ」が関西の俳人にとって抵抗なく受け入れられた例として考えられるだろう。

新季語は、多くの人の生活に定着した語彙であることに加え、ある程度時間が経っても季語と認識できなくてはいけない。
また、俳句形式(必ずしも五七五に限定されないが)に馴染み、利用される必要がある。
こうした条件のため流行語彙をそのまま取り入れて季語として使うのは難しいが、もちろん成功例はあるし、長期的に見れば、新季語開拓の試みは大いにやるべきだ、と言えるだろう。

春一番あなたにおすすめのワード  久留島 元
幸せがボジョレー・ヌーボほどの出来

2025年3月19日水曜日

西川火尖氏の句


 京都新聞2025/3/15、一面コラム「凡語」より。

2025年1月31日金曜日

備忘録

作家の言葉

和歌は、五七五七七。

俳句は、五七五。

和歌の方は、定型でない「仰天和歌」ではあるが、なんとか五七五七七あれば、物語を盛り込むことができるのだが、俳句の五七五は、どうにもならんのじゃないのと思い込んでいたのかも知れない。

しかも、あの季語があるじゃん。

季語をどうすんのよ。

季語、邪魔じゃん。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

小説を書くことをやめてしまった氷室冴子が、まだ言葉による創作というか、なにものかにこだわっていて、しかし、それを発表する気がない。ないけれども、俳句をやっている。どんな俳句か。それはぼくも知りたかった。

俳句は、ぼくらのように言葉にこだわる職業の人間が、最後にすがることのできる文芸ではないか。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

 

歌人の言葉

川野(里子) こうしてみると、短歌というのは、見えない何かに対する呼びかけであり、そして、その答えに耳を澄まし、言葉を尽くして詠み終えて、そして沈黙をするしかない。その沈黙の中で答えを待つ死刑なのだということが思われるのです。つまり短歌というのはダイアローグなんじゃないか。例えば平安時代のような、恋文を出してその恋人から答えを待つと言う形式が原型ですね。しかし、そのような直接の相手を持たなくなった戦後という時代、現代短歌自体を、私達は言葉を尽くしてなにかを表現し、その答えを、耳を澄まして待っているのじゃないか。

川野 私は、俳句は片言や断片ではない、完璧な詩型だとばかり思っていました。・・・・・・むしろ、短歌こそ片言なんじゃないかという気がするんです。返りが来るかどうかわからないこだまの様なものに、耳を澄ませ続ける。そのために七七が着いているというふうに思っていて、だからこそ短歌に詠嘆が多い。

 「シンポジウム「岳」45周年記念 短詩型文学への期待」『俳句』2023.10



2023年6月5日月曜日

世界のHAIKU


堀田季何さんの、『俳句ミーツ短歌』笠間書院、2023を読んでいる。

主宰誌『楽園』の連載をもとに再編成された本で、平易な口語体ながら季何さんの俳句・短歌論が縦横に披露され、世界の詩歌に基準とする著者の深い見識に触れることのできる本である。

やはり最も興味深いのは、世界のハイクや季語をめぐる議論である。

SUSHIやJUDOが世界でそのまま通用するように、近年はHAIKUも世界の言語でそのまま用いられます。ウィキペディアでも百以上の言語がHAIKUを扱っていて、その数はSUSHIとほとんど変わりません。

世界のHAIKUについては、関西現代俳句協会青年部のHPでかつて連続エッセーのテーマとしてとりあげ、季何さんのエッセイを基調に、各氏から示唆深い文章を寄せていただいた。

関西現代俳句協会青年部 過去の掲載ページ

最近では、ウクライナの俳人、シモノーワ(シーモノワ、シモノヴァ)さんが話題である。

珠玉の俳句をもう一度 「戦禍の中のHAIKU」ウクライナ(1)

「ウクライナ 俳句交換日記」NHKドキュメント初回放送日: 2023年1月23日

ウクライナだけでなくロシアにも俳句で平和を祈る人々がいる。

俳句を平和の架け橋に ウクライナ、ロシア、ベラルーシ…連なる非戦の声 中日新聞2022年6月8日

馬場朝子さん「俳句が伝える戦時下のロシア」インタビュー 日常が伝える戦争の悲惨 好書好日

むろん、俳句を「平和を祈る詩型」などと美化する言説に、安易に与することはできない。

  討伐を了へぬ燕も巣立ちけり 小島昌勝

 といった聖戦俳句、翼賛俳句が賞賛されてきた歴史を、我々は知っているからだ。

明治時代に写生の方針が定まり、大正時代にはそれが正確に研究され、現代に至つて燦然たる花をひらいた。而も俳壇未曾有の聖戦俳句が生まれ、大東亜戦争開始以来ますます偉いなる業績を成さんとしつゝある。まことに現俳壇に学ぶほど幸福なものはなく、昭和時代の俳句の進展はとゞまるところを知らぬ勢である。

水原秋桜子「巻末に」『三代俳句鑑賞 春夏の巻』第一書房、昭和17年(国立国会図書館デジタルコレクション個人データ送信サービスにて閲覧可能 リンク) 

 わが畑もおそろかならず麦は穂に 篠田悌二郎 セクト・ポクリット ハイクノミカタ

英帝国ひれ伏すや匂ふ夜の梅 長谷川素逝

ますらをはすなはち神ぞ照紅葉 水原秋櫻子

それとは別の話で、俳句がいまやHAIKUであることは、実例、作例が証明するところであって、いくら日本国内でガラパゴスな定義を叫ぼうとも意味のないことである。

EUのファンロンパイ大統領、初の俳句集を出版 世界のこぼれ話 REUTER 2010.04.16

EU初代大統領が「平和の俳句」 ウクライナに寄り添い「調和」の思い込め 東京新聞2022.07.18

第三十三回おーいお茶新俳句大賞 英語俳句の部優秀賞

ユルガ・ヴィレ『シベリアの俳句』花伝社

かつて私も、翻訳の限界ということを考えていた。
論文や実用書ならば翻訳されて情報が広く伝わることに意味があるだろうが、「吾輩は猫である」を「I am a cat.」と訳したときに日本語のも吾輩」のニュアンスは失われるのではないか、まして韻文、まして短詩型であれば、その弊害は大きいのではないか、という紋切り型の考えであった。

しかし振り返ってみれば当然ながら、私も多くの翻訳小説に恩恵を受けてきた。ハリー・ポッターの世界的人気の前に「翻訳の限界」を言うことに、どれほどの意味があるだろうか。

もちろん翻訳で失われるものはあるし、母国語で味わう幸福、深い理解はあるだろう。翻訳の向き不向きで評価が変わってしまう作家、作品もあるだろう。
村上春樹がノーベル賞候補としていつも話題になるのは、作品の無国籍性が翻訳にむいているからだとよく指摘される。一方、日本文学者のドナルド・キーンは、泉鏡花の小説を英訳する難しさを述べたうえで、この文章を味わうために日本語を学んだのだ、鏡花こそ日本語の醍醐味だと言っている。
けれども、それでも文学には翻訳で伝わるものがあるという前提があればこそ、ノーベル文学賞には価値が認められているわけである。

しかし、その翻訳という作業がもつステレオタイプな危険性、「母国語」という幸福の裏にあるナショナリスティックな陶酔を、樫本由貴は鋭く撃つ。

それを選ぶ指先の欲望 「小熊座」2022VOL.38 NO.446 俳句時評

なぜこの俳句の邦訳に「文語」かつ「定型」が選ばれたのか。...散文より韻文を、口語より文語をという選択は、そうでなければ読者が抱きかねない「これは俳句か否か」といったたぐいの疑問を起こさせない。それどころか「ウクライナで俳句を書いている人がいるなんて、感動」とさえ、読者に思わせるのではないか。

この潔癖は、岩田奎がしばしば表明するような、俳句がオリエンタリズム的な誤読のなかで愛好されてきたことへの忌避感と、表裏の関係にあるだろう。(『俳句四季』39-12,2022.12)(余談だが、私は四方田犬彦氏の講演で同様の質問をなげかけ、「(オリエンタリズムの対象でも)構わないではないか」と返され憮然とした経験がある。)


さて、ここで突然関係ないような話だが、季何さんにならって、SUSHI(寿司/鮨/鮓)の話をしたい。今日スシというと多くの人が「にぎりずし」を想像すると思う。

しかしスシの語源は「酸し」で、「魚肉が自然に発酵し酸味を生じているのを利用して人工的につくるようになった」(ブリタニカ国際大百科事典)ものであるとすれば、滋賀の「鮒鮨」のような「熟れ鮨(なれずし)」のほうが由緒は古いはずであった。(以下、『古事類苑』『日本大百科全書』などの記述を参考にする)

 参考.ふなずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
  あゆずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

江戸時代になると発酵に時間がかかる「熟れ鮨」に対して、塩や酢を用いる「早鮨(はやずし)」「一夜ずし」などが生まれる。
このなかにも、酢飯に直接魚介や具を混ぜ込んでいく「ちらしずし(ばらずし)」と、締めた魚とご飯を重ねて強く押す「押し寿司」があって、関西のスシは後者が主流である。

大阪寿司(おおさかずし) うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
さばずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

こうした積み重ねの上に、さらに即席のファストフードとして、酢飯の上に魚をのせ握った「握り鮨」が生まれるわけだが、これは江戸時代後期になってからのもの。
「握り鮨」登場は諸説あるようだが、文化文政時代(1804~30)、イカやエビ、アナゴの煮物をのせた鮨が始められ、つぎにアジなどの光り物を酢に漬けたもの、そしてようやく刺身をのせるようになったのだという。これよりやや先行して太巻の巻き鮨も江戸で始まったといわれている。

現代では、かつて江戸の庶民が「ねこまたぎ」と嫌ったといわれるほど腐りやすく脂の多いマグロが一番人気のネタとなって、世界の漁獲量を脅かすほどに食べられている。
原義が「酸し」、魚を発酵させたものだとすれば、「握りずしのトロ」などは異端も異端、歴史のないヒヨッコにすぎないという気がしてくる。

現在のスシ文化は当たり前のように「サラダ巻き」や「牛肉ずし」を受け入れている。ここであらたに「カリフォルニアロール」が加わったり「キンパプ」が加わったりしたところで、「スシ」がゆがめられた、なんて思う必要あるだろうか。

もちろん個人的に「これはスシではない」と拒否する自由はあるが、本質とは関係のない、個人の思想信条、究極には好みの問題ではないか。
それぞれの時代にそれぞれの料理人が「これもスシだ!」「これもありだ!」と試行錯誤してきた結果、豊かなスシ文化は展開した。そのなかには捨ててきた可能性も、たくさんあるだろう。それぞれにスシの本質、スシの可能性を追求した結果が、現在である。それぞれの探究はそれぞれに尊重されるべきであって、どれがひとつが完全な正解だというのは、後世から恣意的に逆算した、結果論に過ぎない。

同じ結果論なら、私としては、どのような「誤解」のもとにスシや俳句が広がってきたか、それぞれなにを本質とみて、どんな挑戦をしてきたかを楽しむほうがよいのではないか、と思うのだが、どうであろうか。

「これを考案した料理人はだれだ!」居酒屋で海原雄山のごとく激高...


2022年1月30日日曜日

寒中お見舞い申し上げます。

坪内さんのサイトで新作を掲載いただきました。

久留島元の新作―鬼を喰う  坪内稔典の「窓と窓」2022.01.26


今年もよろしくお願いいたします。

亭主拝

2021年12月31日金曜日

2021年回顧


「船団」が2019年に「散在」して以後、定期的に作品発表する媒体は持っていないのですが、ありがたいことに今年もいくつか俳句関係でお仕事をいただきました。
句作のほうは、メール句会を中心に活動しています。句数はかえって多いくらいですが、出来は当たったり外れたり。

一番大きかったのはなんといってもNHK俳句誌で特集記事を担当させてもらったこと。
「異界を詠む 妖怪と俳句の世界」ということで、
妖怪、お化け、幽霊など、目に見えない世界のモノと日本人がどうつきあってきたのか、歴史を溯り、古代中世の認識から現代俳句までを関連づけ、例句をあげながら概観しました。
解説、年表などはすべて久留島の文責に拠りますが、編集担当さんと何度も電話で打ち合わせし、NHK俳句の誌面に相応しい企画になるよう推敲を重ねたので、よい経験になりました。図版など、こちらからはもっといろいろな絵を提案したのですが「不気味すぎる」などの理由で却下されたものも多かった、とこっそり暴露しておきます(それでもネット上で絵が怖すぎるとの批判を目にしました、たぶん私はお化け絵に慣れすぎて麻痺しているのでしょう)。

 NHK 俳句 2021年 8月号 [雑誌] (NHKテキスト) NHK出版 日本放送協会

amazonなどではまだ購入は可能なようなのでよろしければどうぞ。

坪内稔典さんのブログ「窓と窓」で、何度か作品を掲載してもらいました。

久留島元の新作―日本の鰯雲

久留島元の新作―茸が踊り出す

「船団」会員作品をあつめた『あの句この句 現代俳句の世界』創風社出版、が5月に刊行。

 日本は妖怪の国春の川   久留島元

 蚊柱は奇術師たちの墓の上

「天狼を読む会」研究会は、オンラインで継続中。

次回は2022年1月15日(土)13:30~の予定です。ご関心のある方は亭主まで。

おなじみ、「週刊俳句」にも記事を一本書かせてもらいました。

【週俳7月9月10月の俳句を読む】 俳諧徘徊 久留島 元  週刊俳句 Haiku Weekly 第762号

久留島の仕事とはまったく関係ないのですが、今年は待ちに待った句集の刊行が、続々。

まずは、杉浦圭祐さんの『異地』邑書林
数年前から準備している準備していると聞きながら出ていなかった杉浦さんの第一句集。

 滝を見し者より順に声あぐる  杉浦圭祐
 ざり蟹の諸手を挙げて運ばるる

木田智美『パーティは明日にして』書肆侃侃房
関西で句会をともにしてきた、またKuru-Coleにも参加してくれている木田さんの、商業出版としてははじめての句集。歌集が多い出版元から出たというのも、俳句の枠組みとは違う発想をもつ彼女らしくて素敵です。

 ラズベリータルト晴天でよかった 木田智美
 妊娠の蜥蜴を這わせれば重し


塩見先生の「船団」時代を総括する句集、『隣の駅が見える駅』朔出版については記事を書かせていただきましたので省略。

塩見恵介『隣の駅が見える駅』を読む 曾呂利亭雑記


まさかの同時刊行となった堀田季何さんの『星貌』邑書林『人類の午後』邑書林

さまざまな詩型を横断し、国境も自在に飛びこえる堀田さんらしくさまざまな詩的実験にあふれた句集ですが、どちらもなぜか無理なく調和し、成立しているところが不思議で魅力的です。
破調で切れっ端のような句や、長律の連作を続けて詩として味わいたいようなものもあり、また別に句の力を感じるものもあり、諷刺として直截すぎると思うものもあり、次々と「読ませる」句ばかりでかえって一句を選ぶのが難しいのですが、読後、なんともいえぬ刺激で(句を創らなくては)という気にさせられた句集です。

 しはぶきて蛇や砂より砂を吐く 堀田季何 『星貌』「亞刺比亞」
 ぐわんじつの防弾ガラスよくはじく 『人類の午後』

年末になって相子智恵さんの第一句集『呼応』左右社が刊行。

相子さんとはNHK-BS俳句王国という今はなき番組でご一緒したご縁があり、そのときの放送回は10年前、東日本大震災の影響でしばらく延期になった、という思い出があります。

相子さんは、当時から若手には珍しい大ぶりで豊かな句を書かれる本格的な作家として衆目の期待するところでした。
紙媒体のみで発表した第一回Kuru-Coleにもご参加いただいたりしたのですが、このたび、本当に待望の句集を刊行され、作品をまとめて見られるようになったのは本当に嬉しい。

 群青世界セーターを頭の抜くるまで 相子智恵

年末ぎりぎり、ラストを飾ったのは西川火尖『サーチライト』文学の森

第11回北斗賞受賞。そしてKuru-Coleには二度にわたって参加いただいた作家。間違いなく、これからどんどん目にする機会が増えるでしょう。

 子の問に何度も虹と答へけり 西川火尖


みなさま、おめでとうございました。

来年もよい俳句に出会えますように。

2021年7月31日土曜日

過去作「絵の群」

 

2020年2月、第12回船団賞応募、1票も入らず。

この年船団は「散在」したので、最後の応募作。


「絵の群」

久留島元 

1.      絵の群をかきわけ春はまだ来ない

2.      春隣似顔絵描きのペンの先

3.      笑い絵の隅に小男少し春

4.      聖マリアみんながふんできた踏絵

5.      鯰絵と落花と丘に埋めておく

6.      メーデーはポンチ絵特集号のなか

7.      牛蛙墨絵の裏で動かない

8.      蛇が来て舌で油絵を削る

9.      切り絵ちかちか琉金きらら

10.   地上絵を灼く炎帝が力づく

11.   ぬばたまの塗り絵の茄子を懸命に

12.   箱庭か砂絵でしかないぼくんち

13.   光とか月とかまるで水絵です

14.   危な絵のなかも紫朝顔も

15.   いなびかり岩絵は祈りまたは意志

16.   古絵巻の鬼が秋気に乱舞です

17.   虫の声影絵の犬はもう古典

18.   紅葉かつ散れば錦絵忍者の死

19.   山遠く鉄絵火鉢に帰る雁

20.騙し絵の画廊主人のクリスマス




2021年5月25日火曜日

木田智美『パーティは明日にして』(書肆侃侃房)

 

2021年5月4日火曜日

塩見恵介『隣の駅が見える駅』を読む

朔出版、 著者の第3句集。

帯の惹句に「平成を駆け抜けた「船団」時代を総決算」とある。文字どおり「船団」解散にあわせて、新たな旅立ちという思いの籠もった一冊ということだろう。
構成が変わっている。二章構成で、Ⅰ 四月のはじめ~八月のおわり、Ⅱ 九月のはじめ~三月のおわり、となっていて、後書きにあるとおり、句作の現場であった大学の二期制にあわせたもの。

まずはざっと目に付いた句を。

#STAY HOME スイートピーが眠いから  Ⅰ

レタスから夢がこぼれているところ

犬動画見て猫動画見て日永

縄文の空に野生の虹を飼い

ポケットにいつの胃薬夏の月

女子力の高い団扇の扇ぎかた

中年は急にトマトになるのかも 

世の中をちょっと明るくする水着

廃船に汽笛の記憶草いきれ

ぷかぷかを悩む水母に陽が届く

いちじくはジャムにあなたは元カレに  Ⅱ

月ノ出ルアッチガマンガミュージアム

橋を焼くように別れて芒原

むく鳥は空消した消しゴムのかす

消化器のなかが霧笛であったなら 

コロッケのぬくさは正義冬めいて

虚子以後を小さなくしゃみして歩く

熱燗のそれぞれに貴種流離譚

初夢がめっちゃ良くなるストレッチ

燕来る隣の駅が見える駅

中高で専任教員として多忙を極めるなか、京都の女子大学で講師体験が長いせいか、ターゲットのみえる句が散見される。
日常的な「あるある」で笑いを取りにいっているような句も多く、機知と日常詠が本集の基調をなしているといえる。そのなかで「胃薬」「熱燗」の句は「中年」の現実といえるかもしれない。
そうした日常詠が多いなかで注目できるのは、「縄文の空」「廃船に」「橋を焼く」「むく鳥は」「消化器の」のような、ロマンティックな見立ての句だ。壮大さと繊細さが同居していて、作者の詩質が本質的に叙情にあることを思わせる。
「ぷかぷかを悩む水母に陽が届く」は、作者の想像力と日常的ユーモアの、中間的位置づけかもしれない。一見軽いが、「陽が届く」の優しい明るさが心地よい。

見逃せないのは、

白南風は地球の欠伸モアイ像  Ⅰ

爽やかや象にまたがる股関節  Ⅱ

印度全土の全印度象嚔

耕して地球にファスナー付けてゆく

蒲公英を咲かせて天と地の和解

などの、地球規模の視点をもった句。どれも壮大な比喩、想像力で気持ちが良い。

アウンサンスーチー女史的玉葱S   Ⅰ

びわゼリーちょっとセリヌンティウス風 

固有名詞を「~的」「~風」で形容詞に使う手法は船団のなかでも一時流行したが、解釈の幅が自由すぎて成功例は少ないように思う。
「アウンサンスーチー女史」は、何故か女史という敬称が必ず付けられる違和感とともに「玉葱S」の謎が重ねられていて、ちょっと複雑な句である。

それから、本集には一時期作者が集中して作っていた「雪女」の句がわずか二句(牛乳のちょっと混じった雪女、眼鏡だけ残して消えし雪女)しか収録されていなかったが、その代わりでもなかろうが宗教・オカルトめいた句がいくつかある。

守護霊がおられるのですビールに泡

サイダー、サイダァー、ってずっと言うイタコ

秋澄んで石触ったり拝んだり

風刺的ではあるものの否定的ではないあたりが作者の愛情かもしれない。

後書に「幼小中高大学生という年下の方々と教育現場で、あるいは、地域の若い社会人や熟した人生を送られている先達の方々とカルチャーセンターで」作られた句をまとめたという。著者の多忙ぶりは、私も仄聞するばかりだけれど、おそらく日本で一番バラエティゆたかな年齢層と句座を重ねている作家ではないだろうか。
表現に野心的な専門家が集まる句会ではなく、さまざまな年齢の人々と交流するなかで生まれた句集であるということが、現代俳句の、ある意味ではもっとも実践的な場で磨かれた表現でありうるということを実感させられる。


2021年3月26日金曜日

天狼を読む会


雑誌、天狼のバックナンバーを読む会が発足しました。

雑誌「天狼」は、山口誓子を中心に、西東三鬼、橋本多佳子らが集い、戦後まもない昭和23年1月に刊行されました。
誓子は巻頭言で「天狼」を「友情的俳句雑誌」と規定しながらも「酷烈なる俳句精神」「鬱然たる俳壇的権威」を備える雑誌を目指すと宣言し、そのとおり戦後俳句をリードする俳句雑誌に成長します。
やがて「天狼」やその僚誌からは、永田耕衣、細見綾子、鈴木六林男、鷹羽狩行、辻田克己、上田五千石といった人びとが育ちました。

神戸大学山口誓子記念館には、「天狼」創刊号から終刊号までのバックナンバーがそろっています。この貴重な資源を生かすため、「天狼」を読む会を発足しました。
現在、毎月1回オンラインで、1号ずつ雑誌を読んでいく読書会をおこなっています。
参加者の興味関心に応じて作品や散文についての感想、意見を交換する勉強会で、研究者、実作者、学生や社会人などいろいろな人が集まっています。

「天狼」を読む会に興味がある、参加したい、という方がいましたら、亭主(久留島)宛にご連絡ください。zoomの招待メールと、資料をお送りします。

 CQA21226◎nifty.ne.JP(◎を@に、JPを小文字に変換してお送りください)

次回は、5月8日(土)13:30~、「天狼」3号の内容を読む予定です。


本日三月二十六日は、山口誓子(1901-1994)の命日でした(すっかり忘れていました)。

誓子が亡くなった翌年が阪神大震災で、住む人もいなかった誓子の住居は全壊しました。
誓子の義弟(妻、波津女の弟)の紹介により、誓子・波津女の遺産はすべて神戸大学に寄付され、同時に蔵書や著作権を大学が一括して管理し、今後の俳句研究の拠点として整備することになり、住居の一部も大学が復元移築しています。


2020年7月16日木曜日

ビジネスニーズとマーケットの話


あらゆる業界で、マーケットを広く大きく流行にのせる、というより、ニッチでも欲しい人へ届ける、という流れがあると思う。
わかりやすい大きなヒットより、ニーズのあるところに投げ込んで、バズったものが後追いでブームとかヒットとか名づけられる、という感じ。
その結果、「ニーズのあるところに欲しいものを与える」式のビジネスモデルが唯一正解みたいになっているように思う。
買ってくれる前提の市場にエサを与える、公式が供給するのを待つオタク、みたいな囲い込み戦略ばかりになる。 これに「嫌なら見るな」「人の好きなものを悪く言うな」というお気持ち配慮が重なり、容易にカルト化していく。
近しい分野だと出版業界がそれ。
枕詞のように使われる出版不況の実態は、ネットの充実による紙の雑誌不買で電子書籍などの分野を考えると大きな変化がないことが明らかにされつつあるけど、もとより売れないはずの句集や研究書は、明らかに以前よりボンボン出版されていて、人気者になればどんどん一般書を出すようになっている。
もちろんその人たちの仕事が認められ注目されているのだ、と思えば嬉しいしいいことなのだが、結局誰に向けて届けてるのか、どこへ発信できているのか。
カルト的に、教祖の本を買わせてるだけならこれ以上タコツボ掘り進むことに意味があるのか。

オタク界隈でいえば、地上波ゴールデンでの子供番組が減り、深夜帯で、ある程度自由な製作が許されている反面、一定の固定ファンがジャンルを支える、そんな構図なのではないか。周辺ジャンルや歴史を掘り返すような広がりは見込めない。

そういえば、パンデミックの影響下で大学ではオンライン講義が普及したが、学生を名乗るアカウントでオンライン講義の不備を糾弾し学費減免を訴えるものが散見された。
それらの学生の「消費者目線」のクレームに大きく欠けていたのは、本来高等教育が持っていた「自習」という観点ではなかったか。
「自習」の観点のないところに、ただエサのように供給しつづけて、それがどこへ繋がるのだろうか。
 参考:学生の日常も大事(1) - 中世文学漫歩

もちろん私自身は本を読むのが好きだし買うし、俳句においても研究においても本出すことが多いグループに属しているし、はっきり出版反対、などと短絡な意見を言うつもりはない。 というよりできないのだが、しかし「本出す」「活字でまとめる」ことにかつてほどの魅力がなくなってきた時代だからこそ、どうすべきか、どうなっていくべきか、は考えなくてはいけないと思う。もしかしたら、自家中毒は手遅れのレベルに達している。

これはよく「日本のビジネスモデルがガラパゴス化する理由」としてあげられる構図とよく似ている。国内ニーズにあわせて最適化していくうちに大きな変化に乗り遅れる、というやつだ。
ビジネスモデルとしては「マーケットイン」と「プロダクトアウト」の対比として説明されるけれども(参考:どっちか一択?マーケットインとプロダクトアウトの正しい考え方)、当然出てくる反論として、「文芸表現」「研究」と「ビジネス」は、同一では語れない。ビジネスは、売れたら正解だけれども、「文芸表現」も「研究」も、売れるか売れないかより、次世代への「更新」のほうが大切な面がある。
そして、自分で新しい表現、新しい分野を開いたつもりでも、それが、カルト的に閉じた場を作ってしまうだけであれば、とても危うい。

研究の場合なら、幸いなことに「専門家」によってある程度の公共性、客観性が担保されるところがあるから、それがどのような公的評価されているかによって、ある程度判断することが可能である。
ニッチなものでも高い評価を得ているものはあるし、逆に、バズって大ヒットしていても「専門家」によっては全く評価しない、できない、それどころか批判されているものもある。もちろん公的評価がいつも正しいわけではないけれども、いつも正しいわけではないから全て間違いだというのは、無茶な議論である。専門知は、専門知として尊重されるべきである。それによってカルト的トンデモとの差異をつけることができる。

ところがプロフェッショナルとアマチュアの区分が地続きの「第二芸術」においては、プロとしての活動が結局のところ「結社制度」のように、師弟関係が、生徒からの学費で稼ぐ先生という経済活動になってしまうところがあり、しかもそれが、主宰が生計を立てるためのカルト的なマーケットを作り出すだけだとすれば、当人たちはいいけれど、一体何のための表現だったのか、わからなくなってくる。
それでも師弟関係には指導という対価があるが、仮に、出版というビジネスに支えられたプロ活動が成立したとして、それが一部の購買者に対してのみ通用するものだとすれば、純粋な作家と読者との関係のなかで、表現はどこへ進むだろう。

戦後、現代俳句協会は「俳人相互の生活や著作権の擁護を主目的」として設立され、新人賞や機関誌を設けた。(楠本謙吉『戦後の俳句』教養文庫など参照)
協会、ひいては近代的な俳壇というつながりは、タコツボ化しカルト化した商売になりがちな個々の結社ではなく、広いプラットフォームで俳句を評価し、職業作家としての生活を保障するために生まれたのではなかったか。
そうして生まれた協会や俳壇が、逆に作家活動や生活を侵蝕するようなことがあるなら、それは本末転倒といえる。

プロとしての矜持を持ってあえてビジネス面の挑戦してきた尊敬する友人が、その人自身の達成やがんばりとは別に、結局のところ、公共的な場から離れた個人サロンを作りだしているように見える。そんな危うさのなかで、どのような形でカルト的な世界同士をつなぎとめて、大きな更新を作れるだろうか。


過去ツイートをもとに追記、改稿

2020年7月12日日曜日

廃品処理 いつですか30句


第8回俳句四季新人賞にこっそり応募したところ、一応最終候補41作に選んでいただいたようです。受賞作は既報のとおり、浅川芳直さんの「雪くるか」、曾根毅さんの「焼身」の2作同時受賞。
それぞれ、作家の個性が出ている作品。おめでとうございます。


で、拙作。こういうの、いままで箪笥の奥(比喩表現)で腐らせていたのですが、無駄なので掲載しておきます。2019年作。
選考会では無得点なので当然コメントもなし。選考委員高野ムツオさんによれば「魅力ある作品が少なかった」とのこと。今見るとずいぶん平和な句が並んでいて、2020年の新人賞として選ばれなかったのは当然かなとも思いますね。



「いつですか」
1.        業務連絡鬼A外へ福は内
2.        森のなか駆け抜け雛祭を見に
3.        平成の怪物の遺書木ノ芽時
4.        胃カメラのずるずる進む春の鼻
5.        花の客医者と薬の話して
6.        春は今でしょうか夏はいつですか
7.        神様の一撃やがて黴生まれ
8.        重代の武者人形と偽系図
9.        肩車されて端午の司令官
10.    わたくしのくの字しの字がなめくじり
11.    王様は痛みに耐えて寄居虫に
12.    強そうなサンバイザーの早歩き
13.    女王の昼寝を運ぶベビーカー
14.    この道で昨日踏まれた松落葉
15.    鯉が鰓ひらくよ夏が終わるのだ
16.    残暑とは「ムー」のずらりと並ぶ棚
17.    生きることパンを買うこと秋桜
18.    百日紅後悔すればきりがない
19.    亀虫を8まで数え飽きている
20.    なんてことないわけないや星月夜
21.    私の希望に沿わぬ芒原
22.    ポストあかあか嵐ちかづく
23.    古墳から出てきた子どもハロウィーン
24.    蛇穴に入ると穴から泣き声が
25.    ポッキーの日よ締切よ締切よ
26.    冬の海鯨の精が放たれて
27.    日向ぼこじっと逃亡者の気分
28.    虎落笛爪の再生する過程
29.    寒北斗いま新天地別天地
30.  狐火の動画眠りにつく儀式

2020年5月27日水曜日

【転載】京都新聞2020.04.20季節のエッセー(11)

「豆ご飯」


の塩焼き、春菊のポン酢和え、がんもにスナップえんどう、大根とトマトのサラダ、若布(わかめ)スープに豆ごはん。
わが家のある日の晩ご飯。エッセーの話題がない、と妻に相談したところ「今の時季なら豆ごはん」と宣言して作ってくれた。
共働きなので普段の家事は分担制。食事も朝は出かけるのが早い人、夜は帰宅の早い人が担当し、作ってもらったら必ず食器を洗うのがルール。
当初、チャーハンと野菜炒めしかなかった私のレパートリーもだんだん増えてきた。
幸い、ネット上には初心者向けに丁寧なレシピがあふれている。そのうえ出汁パックや冷凍食品、メニュー用調味料など力強い味方は多い。日本の企業努力万歳だ。
とはいえ一人で食べる昼食なら、多少塩加減や分量を間違えても我慢して食べてしまえばよい。問題は人に食べてもらうときだ。二人分には量が少なかったり(キャベツは焼くと予想以上に嵩が減る)、あちらを準備している間にこちらが冷めてしまったり(鶏肉は意外に火が入りにくい)、悪戦苦闘である。
特にこの三月は、思わぬ厄災で予定が軒並みキャンセルになってしまい、家にいる時間が増えたので私の担当機会も増えてしまった。
一方妻は、平日は時短ですませることが多いものの、一度思い立つとしっかり季節感のある料理を作り始める。わざわざ毎年苺を買ってジャムを煮詰めるのには感心してしまう。おかげでヨーグルトに合わせる甘味に不自由しない。
コロナ騒ぎがこれほど大きくなっていなかった二月の下旬。俳人の大石悦子さんに公開でお話を聞く機会があった。
大石さんが、師事された石田波郷から最後に添削をうけた句、
 今日よりは()(もは)ら妻(にら)の花
には「鍛錬会に出席(かな)はば、向う一年、句会には出でずともよしとわれから夫に言ひたれば」との前書がある。当時、専業主婦が一泊二日の鍛錬会に参加するには、それだけ制約があったのだ。
大石さんは、句会の日はカレーやおでんを作り置きして出かけたので子どもたちに申し訳なかったといった話もしてくれた。男子厨房に入るべからずの時代のことだが、今も案外、そんな家庭は多いのかも知れない。
 今度、蛤ご飯に挑戦してみようと思っている。私の場合はレトルトだけれど。(俳人)

2020年4月17日金曜日

句集鑑賞(順不同)


『301 ダダダダウッピー』vol.2(象の森書房)は、俳句・短歌を共通言語としてダンサー、画家、生物学者、ミュージシャンなどさまざまなメンバーが集まって活動するワークショップ301がまとめた作品集第2弾。
301の世話人である山本真也は画家であり、「氷室」「船団」で活動する俳句作家でもある。目にとまったいくつかの句・歌を紹介する。
 泉より石のいろいろ見えてきて  鈴木春菜
 それぞれの道へ別れた友達が僕の京都の半分だった  山口凜
 松虫やさよなら清涼飲料水  嵯峨実果子
 うな垂れた分だけ飲めるコカ・コーラ  中村公
 夏院試時間切迫何故勃起  山口優輔
 オカリナを沈める清流夏が行く  植田かつじ
 飯蛸や母の子どもが集う日の  工藤惠
 闖入し餓鬼やはらかに氷柱盗る  石川凍夜
 吾輩は全ての屋根の主である  山本真也
 ここからは地獄の沙汰もすみれ草  宇都宮さとる

workshop 301
301vol.2ダダダダウッピー Amazon 



『エンドロール』(青磁社)は、朝日泥湖の第二句集。
朝日泥湖は1940年生まれ、「船団」句会の長老のひとり。以前は朝日彩湖という俳号で句集『いけず』(青磁社、2007)があるが、句集刊行後改名したので、今のところ別名義で1冊ずつということになる。
 普通の町普通のくらし風光る
 おぼろ月ラップかけずにチンをする
 さくらさくらあんた何人殺めたの
 また負けた風船飛ばしてあげたのに
 話したいんだ、六月の大きな樹
 サバンナの風は遺伝子赤い風
 表札は父娘別姓秋日和
 外はぱりっと中はふわっと冬日和
 秋の海おおきなものが消えてゆく
 散在もええねん老朽船の春



『乙女ひととせ』vol.08は、同志社女子大学表象文化学部創作講義の作品集。今年から講義名が「クリエイティブライティング」に変更されたそうだ。講師は塩見恵介氏。受講生による作品のほか、「平成の名句鑑賞」「私が選ぶ!平成イチオシ句集」などのページもあり、令和のはじめに平成を振りかえった企画がならぶ。
ほとんどがはじめて俳句の実作をおこなう女子大学生であるが、現代の女子大学生に交じりながら時に発想を飛ばし、時にベタな笑いをひきおこす塩見氏の舵取りで、創作や鑑賞を楽しんでいる様子がよくわかる。
 プールでは戦争にてのひらの銃  趙蘭
 ごめんねは苺ミルクで総精算  西山萌花
 お人好し鎖骨で金魚を飼う季節  松本志穂

 クリスマスゼミの教授がサンタさん  加藤雅
 秋の夜ちょっと火星へお買い物  松宮静香
 コスモスをいつか見下ろす日が来たら  辻田真波
 たんぽぽを咲かせて天と地の和解  塩見恵介


2020年2月19日水曜日

句集祭・始末


関西現代俳句協会では、毎年年末に、忘年会をかねた句集祭というイベントがある。
その年に出た協会員の著作(句集・評論集など)を合同で祝う、出版パーティのようなものである。
聞くところでは鈴木六林男あたりから始まったらしく、日ごろはあまり交流がなくても句集刊行を祝い、お互いにどのような句を詠むのかを知ろうという、関西ならではの交流の場である。結社や、都道府県を越えた連帯感を持っているのは、関西地区の伝統であり、他地域には見られない特色である。
活況だったころは、その年刊行された句集から引いた一句を特大の垂れ幕に揮毫して会場じゅう一面に飾ったりして、なかなか壮観だったそうである。
今ではそこまで人数もいないので、一句紹介と著者からのコメントを紹介する程度で、あとは会場テーブルに置かれた句集などを手にとりながら著者と歓談を交わす、まあ、忘年会が始まるまでの交流会といった雰囲気ではある。
そういえば先年亡くなった伊丹三樹彦氏は、毎年のように句集や、あの「写俳句集」を刊行しており、私が参加しはじめたころにはもうパーティには参加されていなかったが、毎年電報で忘年・句集祭への熱い祝辞を寄せていたことが印象的であった。

とはいえ、せっかく句集があるのに句集を「読む」ことをしないのはもったいないなと、ひそかに思っていた。時間の関係もあるのだろうが、一句紹介と著者コメントだけで、句集単位での鑑賞や読解のチャンスがないのである。
昨年はたまたま、船団の会員が2人句集を刊行し、また会場でも1冊別の句集をいただいたので、手元に、句集祭に出展された句集が3冊ある。
本当なら1冊ずつ鑑賞しようと考えていたのだが、なかなか書けないでいるうちに、年をまたぐどころか「今年度」も終わろうとしている。これではいけないのでせめて句集から目に付いた句をいくつか紹介し、句集祭の個人的な始末をつけておこうと思う。

ご恵贈いただいた著者の方に感謝します。

千坂奇妙氏、『第一句集 天真』(星湖舎)。
 瓢箪のくびれは神のくしやみから
 にやまにやまと筋金入りは黒海鼠
 夏痩せて女ちりめんじやこめつてい
 日向ぼこ靴下脱いでふと嗅いで
 象よりも寝釈迦大きくおはしけり
帯文は坪内稔典氏、序文は大島雄作氏。

藤井なお子氏、『ブロンズ兎』(ふらんす堂)
 仙人のまばたき京のアマリリス
 考へる人のかたちに似て桜
  ルオーWinter
 欲しいのは風と逆光かいつぶり
 空蝉のほかに良いものなどなくて
 落とし穴掘つて隠しておく晩夏
解説は坪内稔典氏。

浜脇不如帰氏、『句集はいくんろーる』(私家版)
 青森で泡盛醸すユビキタス
 妙案が浮かんじゃ沈む三尺寝
 龍(じゃ)踊りたい汝(な)が先けんね起きっとは
 どこまでが自分なのかな踵枯る
 春の山まぶた閉じられ忘れられ

2019年11月4日月曜日

【転載】京都新聞2019.09.10 季節のエッセー(5)

「夏の夜神楽」

この夏、台風9号と10号の隙をつくように、宮崎県を訪れた。説話や仏教文学を専攻する研究会の合宿で、天孫降臨の伝承地として知られる高千穂や、柳田國男ゆかりの椎葉村をめぐったのである。

宮崎は県内各地に神楽が残ることでも有名。特に高千穂の夜神楽は、高千穂神社で毎晩観光用に上演されている。時間は夜八時から一時間ほど。宿舎に着いて一度汗を流し、宮崎グルメを堪能してから神社へ向かった。

南国宮崎の気温は、意外に京都より低い。それでも蒸し暑さの残るなか、行ってみれば夏休みということもあってか舞台を取り巻く客席は盛況だった。海外の観光客や我々をふくめ六十人ほどはいたように思う。訛りの強い司会者のにぎやかな挨拶がすむと、太鼓と笛の音が祭場に響き、夜神楽が始まった。

その日の演目は、天岩戸に隠れた天照大神を誘い出したという神話にもとづく「手力雄の舞」、「鈿女の舞」、「戸取の舞」、そして伊弉諾尊と伊弉冉尊の夫婦神が豊作を祝って酒を醸すという「御神体の舞」。
「御神体の舞」は一名「国生みの舞」というそうだが、容貌魁偉な男神とおかめ顔の女神が怪しげに腰を振りながら見つめあい、酒を酌み交わし、抱擁し、挙げ句、酔った神々が祭場から客席になだれこむ、笑いに満ちた演目だった。
男神が女性の外国人客に抱きつくと、女神が怒ったふりをして追い掛け回し、女神が男性客にしなだれかかると男神が怒りだす。そのたび笑いがおこり、写真撮影が始まる。
神話というより田の神夫婦と人々のじゃれあいに見える。
本来なら真夜中の眠気覚ましに、もっと大胆に、猥雑わいざつに、演じられてきたのかもしれない。
祭りの活気を少し実感した気がした。

本来の夜神楽は、収穫が終わり、山里が冬にそなえる十一月ごろ、三十三番が夜通しかけて演じられる。観光用の演目は何分の一かに省略されたものにすぎない。
夜神楽の司会者は、今度は本番で会いましょう、そのときは無礼講で、神様と宮崎のお酒を楽しみましょうと呼びかけた。
秋の実りに感謝し、村の祭りに供されるべき夜神楽を、夏の夜に観光として楽しむ。
倒錯したことには違いない。一方で時代に即した行為にも思える。
田の神の祭と国生み神話が交わるように、伝統とは、案外柔軟なものなのかもしれない。(俳人)

2019年10月28日月曜日

【転載】京都新聞2019.08.05 季節のエッセー(4)

「ゲリラ豪雨」

夕立、驟雨(しゅうう)、銀竹(ぎんちく)、村雨(むらさめ)。


この時期にわかにざっと強く降る雨のことだ。

趣深いが、今ではゲリラ豪雨かスコールと呼ぶほうがふさわしい。今年も「大雨に警戒してください」という注意喚起をよく聞く。

ところで、ゲリラ豪雨の別名を「鬼雨」というらしい、と以前、ネット上で話題になっていた。

「おにさめ」ではなく「きう」。
漢籍に由来でもあるのだろうか。
気になって調べたところ、実は鬼雨を豪雨や大雨の意味で使うのは最近で、気象学者でエッセイストの倉嶋厚氏による『雨のことば辞典』(講談社)や、詩人の高橋順子氏による『雨の名前』(小学館)によって二〇〇〇年代に広まったらしい。

両者がもとにした資料はわからないものの、日本最大の漢和辞典『大漢和辞典』も鬼雨を「大雨」と説明する。

用例には唐の詩人・李賀の詩から「鬼雨、空草(くうそう)に灑(そそ)ぐ」(原文は漢文)という一節を引いている。
ところが、どうもこの解釈が間違っているらしい、云々。

以上はネットで指摘された知見を整理したものだが、確かに日中では「鬼」の意味が異なる。日本でも鬼籍に入るという言葉があるが、中国では鬼を死霊、死者の意味で使う。

筋骨隆々で人を食うこわい鬼のイメージは、日本で定着したものだ。
どうやら大雨という解説は『大漢和辞典』の勘違いで、解説だけで使用例のない「幽霊語」だった。

ネットの集合知はあなどれないが、念のため図書館で裏取りすることにした。

まず倉嶋著をみると「大いに降る雨。鬼は程度の並外れたこと」、高島著は「鬼のしわざかと疑われるような並外れた大雨」と解説している。
夏の雨、ゲリラ豪雨とは書いていないが、「鬼」を強い、すごい、といった修飾に使っている。

一方、典拠たる李賀の詩は初秋の墓地が舞台の怪奇幻想趣味あふれる作品。鬼雨は陰々滅々たる秋雨がふさわしい。

つまり鬼雨を大雨とするのは単純な間違いではなく、鬼に対する日中の違いから生まれたわけだ。
言葉の成り立ちとしてはかなり面白い。

なお、ほかに何冊か本を探してみたが、鬼雨をゲリラ豪雨と解説する資料はまだ見つけていない。

ゲリラ豪雨は正式な気象用語ではないが、二〇〇八年ごろから報道関係者が使用し、定着した言葉という。
鬼雨も、ゲリラ豪雨の別名として日本語に定着していくだろうか。(俳人)


追記.
井川香四郎さんという作家の時代小説に『鬼雨』というタイトルがありました。梟与力吟味帳というシリーズの6巻、2009年講談社刊行。読んでみたところ、テンポがよくて面白かったです。鬼雨は鬼画降らせたような大雨で説明されていましたので、倉嶋著を参考にされたものでしょうか。

2019年10月21日月曜日

【転載】京都新聞 2019.07.01 季節のエッセー(3)


「シコブチさん」
京都から滋賀に流れる安曇川ぞいに、シコブチさんという神さまがまつられている。シコブチにはいろいろな字を宛てるようだが、材木を運ぶ(いかだ)乗りだという。
伝説によれば、シコブチさんはいつも子どもを筏に乗せて急流を下っていたが、あるとき河童に子どもを引き込まれたので、筏で川をせき止めてしまった。干上がった川の底で姿をあらわした河童は、今後シコブチさんと同じ格好の筏乗りには手を出さないと誓ったので許してやったという。
一説には、年に三人だけ子どもをひきこむ条件で許したともいう。シコブチさん、強すぎである。
シコブチさんをまつる社は、大津市葛川、高島市朽木、そして源流に近い京都市左京区大原、久多に集中し、日本遺産「琵琶湖とその水辺景観―祈りと暮らしの水遺産」にも指定されている。
昨年の夏、妻の車でドライブにでかけて、たまたま日本遺産の幟を見つけて立ち寄ったのが、朽木岩瀬の志子淵神社だった。
ちなみにこのときの目的は、同じく朽木の、くつき温泉てんくうへ行くことだった。この温泉施設は、朽木の山々を見わたす露天風呂「天狗の湯」で知られている。
地元の天狗伝説にちなんだそうだが、風呂場の外壁が天狗の顔のオブジェになっていて、ちょうどその口の中に温泉がある。外から見ると巨大な天狗の鼻が天空にのびていて、なんとも印象的である。
そんな天狗の湯の帰りに、河童伝説の志子淵神社に行き逢ったというわけだ。
とはいえ実は、シコブチさんの存在や伝説は前々から知っていた。以前、私の所属する東アジア恠異学会という研究会の先輩たちが調査したと聞いていたからだ。
この東アジア恠異学会は歴史学を中心とした学術団体だが、研究者だけでなく小説家や一般の方まで、怪異に関心をもつさまざまな人が集まり、議論を交わす団体である。
河童のような妖怪伝承も考察の対象で、古いシコブチ信仰と、比較的新しいはずの河童の伝説がいつごろ合体したのか、河童以前に水害を鎮めた水神の伝説があったのでは、など怪異学的関心は尽きない。
ああ、そういえば河童のキュウリ好きは祇園社の神紋に由来するという説がある。これもまだ出所を確かめていない。研究を進めなければ。(俳人)

2019年10月14日月曜日

【転載】京都新聞2019.05.27 季節のエッセー(2)

「俳句甲子園」
 起立礼着席青葉風過ぎた 神野紗希
高校二年のとき、俳句甲子園という大会に出場した。
ご存じだろうか。高校生が五人一組になり、俳句の創作力と、ディベート形式の質疑応答によって鑑賞力を競う大会で、毎年八月に愛媛県松山市で開催されている。
小説、漫画の舞台にもなり、最近は発起人である夏井いつき氏の出演番組でも取り上げられ、すっかり有名になった。
今年は第二十二回大会が予定されているが、私が出場した第四回大会のころは出場校も少なく、まだまだ地方の町おこしイベントという感じだった。
松山なら温泉に入れるぞ。お前は電車旅が好きだから旅の俳句作れるだろ。そんな適当な誘い文句で、気の合う友だちと参加した大会で出会ったのが、冒頭の句だった。
ちなみに初心者の私たちは初日の予選で敗退。掲句は二日目、準決勝で出された句だった。
教室の号令とともに青葉を揺らす一陣の強い風。窓の外は初夏の陽気。
わずか十七音が、高校生にとって身近な実感をありありと再現できることに衝撃を受けた。青葉の季節になるといつもこの句を思い出す。
受験もあって私はしばらく俳句から離れた時期もあったが、大学に入ると再開した。母校では、顧問の先生も本気になり、第七回大会では後輩のチームが全国優勝を果たした。以来、関西の出場校は、残念ながら優勝からは遠ざかっているが、洛南高校が出場を重ねており、三度の準優勝を経験している。
最近は滋賀、和歌山からも出場校が増え、今年の三月には彦根東高校、和歌山の県立海南高校でそれぞれ練習試合が行われた。
私は和歌山での試合に審査員として参加したのだが、驚いたのは、和歌山の高校生が彦根まで試合を見学に行ったり、大阪や兵庫の高校生が和歌山まで見学に来ていたり、とにかく高校生たちの熱心さだ。
今どきは学校や世代を超えて俳句の好きな若者がSNSでもつながっており、そんなことも活気づかせる要因になっているらしい。うらやましい。おじさんたちのころ、高校生はまだ携帯を持っていない人も多かった。俳句のやりとりに、学校のファクスを使っていたんだぞ。そんなことを思いながら、昭和生まれ、平成育ちの私は、平成生まれの俳句作家たちを見ている。
次の時代は、どんな時代になるのだろう。
(俳人)

2019年10月7日月曜日

【転載】京都新聞 2019.04.23 季節のエッセー(1)

「ハナミズキ」
大変なことになった。
京都新聞文芸欄から、季節のエッセーについての依頼である。まさか、自分にこんな連載依頼が来るとは思わなかった。
文章を書くのは好きだからありがたいが、テーマが問題だ。俳人には季語の知識があって季節に敏感だと思われがちだが、そんなことはない。他の人は知らないが私の場合、知識はあっても実感がともなわない。
ふだんは俳人らしく歳時記という字引のようなものを持ち歩いているので、わからないときはすぐ調べる。桜とチューリップならわかるが、石楠花や山吹の咲く時季に自信がない。山菜を採りに野山へ入ることもないし、田打ち、麦踏みなどの農耕季語になるともうお手上げだ。いや、もともと四季や節気といった区分は一年を等分した暦の目安であって、体感と一致するとは限らない。季節を意識し文芸に生かすというのが、実は都会的な知識先行の営みなのだ。
したがって俳句を作らねばならぬ時には、歳時記やスマホを片手に目を配り、季語をさがす。そうすると今まで自分の関心外だった風景が立ち上がる。
むしろ、これこそ季語の作用ではないかと開き直ってみる。
以前、ある女子大学で俳句の創作演習を担当したとき、庭にハナミズキが咲いているのを見つけて学生に紹介した。
ちゃんとプレートで掲示してあったので私も自信をもって紹介できる。
しかしほとんどの学生は花を目にしていても名前に気づかなかった、ハナミズキをはじめて認識した、という。
平成時代にもっともカラオケで歌われた曲は一青窈さんの「ハナミズキ」だそうだ。
私が目を留めたのも、学生たちが反応したのも、もちろんあの曲が脳裏にあったからだ。ここ最近、平成最後と銘打った数々の歌番組でもくりかえし流れ、改めて名曲だと思った。
かつての知識人たちが桜や山吹であまたの歌を連想したように、現代の私たちもそれぞれの知識をふまえて季語に接する。季語の伝統は、ただ昔ながらの教養を守り伝えていくだけではなく、更新されていく。
本欄でも、自分なりの季節をお届けできればと思う。(俳人)