2019年12月28日土曜日

【転載】京都新聞2019.11.18 季節のエッセー(7)



鞍馬天狗の鼻が折れた、というニュースが盛り上がったのは、二年前のこと。ご記憶の方も多いと思う。
叡山電鉄(叡電)鞍馬駅前に設置された天狗の顔のモニュメント、その隆々とそびえる鼻が大雪の重みで折れてしまい、しばらくは絆創膏を貼った情けない姿だったのだ。素材は発泡スチロールだったそうだ。
考えてみれば寒風吹きすさぶ鞍馬の山中で、これまでよく無事だったものである。その後天狗の鼻は修復され、山に平和が戻った、かに見えた。
ところがこのたび、なんと二代目誕生の話が持ち上がった。叡電開通九十周年にあわせ、沿線にある京都精華大学の学生がデザインするらしい。お披露目は十月十八日。強化プラスチックで補強し、雪対策も万全という。
実は、何を隠そう私の研究テーマは、天狗の説話である。しかもこの秋から、縁あって京都精華大学に勤めている。
これは見に行かねばなるまい。
企画自体に関わったわけでもなく、完成披露式には行けなかったが、今月初め、ようやく見に行くことができた。
肌寒くなったとはいえ紅葉にはまだ早く、叡電の混雑もほどほど。途中、大木が倒れていた箇所は昨年の台風の傷跡だろう。終点鞍馬駅で下り、駅舎を出ると見なれた初代大天狗の顔。振りかえると新しい二代目が、駅舎のすぐ隣に鎮座していた。
初代は黒々とした太眉が特徴だったが、二代目は巻き毛気味の白い眉、白髭がいかめしい。新旧二体の赤ら顔が、秋晴れの空に映える。インスタ映えかどうかはともかく、十二月までは併置されるらしく、台風被害をはねかえす話題スポットになると信じたい。
鼻の高い大天狗像は、室町時代に狩野元信(かのうもとのぶ)が描いた鞍馬(くらま)僧正坊(そうじょうぼう)図が始まりといわれる。その真偽はともかく、それまでトビのような姿で描かれていた天狗は、室町時代後半になって神話の猿田彦(さるたひこ)を思わせる鼻高姿で描かれるようになった。
高慢、我執の魔物というマイナスイメージから山の神として威厳をそなえるのもこのころからである。今回は天狗像の変遷を追いかけた自分の研究が現代につながっている実感があり、運命すら感じる。
ところで、参詣の帰りにお土産物屋で天狗面のマグネットを購入したのだが、早々に取り落として、鼻の部分が欠けてしまった。とかく天狗の鼻は、折れやすい。(俳人)



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