鯵の塩焼き、春菊のポン酢和え、がんもにスナップえんどう、大根とトマトのサラダ、若布スープに豆ごはん。
わが家のある日の晩ご飯。エッセーの話題がない、と妻に相談したところ「今の時季なら豆ごはん」と宣言して作ってくれた。
共働きなので普段の家事は分担制。食事も朝は出かけるのが早い人、夜は帰宅の早い人が担当し、作ってもらったら必ず食器を洗うのがルール。
当初、チャーハンと野菜炒めしかなかった私のレパートリーもだんだん増えてきた。
幸い、ネット上には初心者向けに丁寧なレシピがあふれている。そのうえ出汁パックや冷凍食品、メニュー用調味料など力強い味方は多い。日本の企業努力万歳だ。
とはいえ一人で食べる昼食なら、多少塩加減や分量を間違えても我慢して食べてしまえばよい。問題は人に食べてもらうときだ。二人分には量が少なかったり(キャベツは焼くと予想以上に嵩が減る)、あちらを準備している間にこちらが冷めてしまったり(鶏肉は意外に火が入りにくい)、悪戦苦闘である。
特にこの三月は、思わぬ厄災で予定が軒並みキャンセルになってしまい、家にいる時間が増えたので私の担当機会も増えてしまった。
一方妻は、平日は時短ですませることが多いものの、一度思い立つとしっかり季節感のある料理を作り始める。わざわざ毎年苺を買ってジャムを煮詰めるのには感心してしまう。おかげでヨーグルトに合わせる甘味に不自由しない。
コロナ騒ぎがこれほど大きくなっていなかった二月の下旬。俳人の大石悦子さんに公開でお話を聞く機会があった。
大石さんが、師事された石田波郷から最後に添削をうけた句、
今日よりは汝が専ら妻韮の花
には「鍛錬会に出席叶はば、向う一年、句会には出でずともよしとわれから夫に言ひたれば」との前書がある。当時、専業主婦が一泊二日の鍛錬会に参加するには、それだけ制約があったのだ。
大石さんは、句会の日はカレーやおでんを作り置きして出かけたので子どもたちに申し訳なかったといった話もしてくれた。男子厨房に入るべからずの時代のことだが、今も案外、そんな家庭は多いのかも知れない。
今度、蛤ご飯に挑戦してみようと思っている。私の場合はレトルトだけれど。(俳人)