2020年2月23日日曜日

【転載】京都新聞2019.12.23 季節のエッセー(8)


「鬼を払う」

なやろう~なやろう~
赤い唐様の着物、足もとは高下駄(げた)左右の手にはレプリカの盾と矛。巨大な仮面をつけて、奇妙な呪文を叫びながら、ゆっくりと歩き続ける。
十数年前、三重県で体験した、「追儺のまつり」だ。
平安時代に宮中で行われていた大晦日(おおみそか)の行事を再現したもので、方相氏という四つ目の怪人が矛と盾を打ち鳴らし、侲子とよばれる子どもたちを引き連れて、目に見えない鬼を払う。節分の原型といわれる祭りである。
私はその年、斎宮歴史博物館の募集した方相氏役に応募し、抽選で選ばれた。そして冒頭の格好で、鬼を払う役をつとめたのだ。
年も押し迫った寒空のもと、慣れない高下駄を引きずりながら叫んでいると、後ろのほうから聞き知った声がきこえる。一緒に参加することになった先輩や友人たちだ。
無役の彼らは後ろからついて歩きながら、方相氏の声に唱和する。
ところが、なんだか関係のない言葉がまじっている。
なめろう? 
なやもう? 
なやごろう? 
最後のは銭形警部役で有名な声優さんじゃないか。ふざけすぎだろう。ひどい。

なやろう〜。なやろう〜。

ところがだんだん、後ろの声にひかれて、自分でも何を言っているのか分からなくなる。
なやおろ~(違う)、なやろろ~?
ついには「なあおお」と意味の分からない声を上げたまま、祭を終えた。
先輩たちがにやにや笑いながら、お疲れさまと声をかけてくれる。疲れたのは半分あんたらのせいだと思いながら、係の方に謝る。ちゃんとできなくてすみません。
あとから気づいたのだが「なやろう」は「儺やろう」で、鬼を遣るという意味だった。平安神宮で行われている追儺式では「鬼やろう」と掛け声を上げているそうだ。
それが分かっていれば混乱することはなかった。疲れと無知でいい加減な呪文を叫んでしまったのである。あの年、三重県に病気が流行(はや)っていたら、その責任は鬼を払えなかった私の責任かもしれない。
なにはともあれ、鬼を払ったらそのあとは福徳がやってくるのを祈るばかり。やってくるのは宝船に乗った七福神か、(かさ)をかぶったお地蔵さまか、それとも今なら赤い服を着たおじいさんだろうか。

2020年2月19日水曜日

句集祭・始末


関西現代俳句協会では、毎年年末に、忘年会をかねた句集祭というイベントがある。
その年に出た協会員の著作(句集・評論集など)を合同で祝う、出版パーティのようなものである。
聞くところでは鈴木六林男あたりから始まったらしく、日ごろはあまり交流がなくても句集刊行を祝い、お互いにどのような句を詠むのかを知ろうという、関西ならではの交流の場である。結社や、都道府県を越えた連帯感を持っているのは、関西地区の伝統であり、他地域には見られない特色である。
活況だったころは、その年刊行された句集から引いた一句を特大の垂れ幕に揮毫して会場じゅう一面に飾ったりして、なかなか壮観だったそうである。
今ではそこまで人数もいないので、一句紹介と著者からのコメントを紹介する程度で、あとは会場テーブルに置かれた句集などを手にとりながら著者と歓談を交わす、まあ、忘年会が始まるまでの交流会といった雰囲気ではある。
そういえば先年亡くなった伊丹三樹彦氏は、毎年のように句集や、あの「写俳句集」を刊行しており、私が参加しはじめたころにはもうパーティには参加されていなかったが、毎年電報で忘年・句集祭への熱い祝辞を寄せていたことが印象的であった。

とはいえ、せっかく句集があるのに句集を「読む」ことをしないのはもったいないなと、ひそかに思っていた。時間の関係もあるのだろうが、一句紹介と著者コメントだけで、句集単位での鑑賞や読解のチャンスがないのである。
昨年はたまたま、船団の会員が2人句集を刊行し、また会場でも1冊別の句集をいただいたので、手元に、句集祭に出展された句集が3冊ある。
本当なら1冊ずつ鑑賞しようと考えていたのだが、なかなか書けないでいるうちに、年をまたぐどころか「今年度」も終わろうとしている。これではいけないのでせめて句集から目に付いた句をいくつか紹介し、句集祭の個人的な始末をつけておこうと思う。

ご恵贈いただいた著者の方に感謝します。

千坂奇妙氏、『第一句集 天真』(星湖舎)。
 瓢箪のくびれは神のくしやみから
 にやまにやまと筋金入りは黒海鼠
 夏痩せて女ちりめんじやこめつてい
 日向ぼこ靴下脱いでふと嗅いで
 象よりも寝釈迦大きくおはしけり
帯文は坪内稔典氏、序文は大島雄作氏。

藤井なお子氏、『ブロンズ兎』(ふらんす堂)
 仙人のまばたき京のアマリリス
 考へる人のかたちに似て桜
  ルオーWinter
 欲しいのは風と逆光かいつぶり
 空蝉のほかに良いものなどなくて
 落とし穴掘つて隠しておく晩夏
解説は坪内稔典氏。

浜脇不如帰氏、『句集はいくんろーる』(私家版)
 青森で泡盛醸すユビキタス
 妙案が浮かんじゃ沈む三尺寝
 龍(じゃ)踊りたい汝(な)が先けんね起きっとは
 どこまでが自分なのかな踵枯る
 春の山まぶた閉じられ忘れられ