2020年12月21日月曜日

【転載 京都新聞2020.11.16 季節のエッセー(17)】

 「黄落期」

 歳時記では、立冬から節分までを冬季に分類する。今年は十一月七日から冬になった。お約束なので仕方がないのだが、困るのは「紅葉」が秋季に分類されていることだ。
 紅葉が秋なのは当たり前だと思われるかもしれないが、例年、紅葉のピークはどう考えても十一月半ばから後半、つまり歳時記では初冬。一足早く冬の訪れを感じたい時季なのである。「冬紅葉」という季語もあるが、どちらかというと寂しい雰囲気。「錦秋」とも呼ばれる紅葉の華やさは失われてしまう。

 多くの俳人は、嘱目()といって目の前の題材や季節感を詠み込むときは「紅葉」季語のイメージを大切にしたいときは「紅葉」と、使い分けているのが現状かと思う。

 銀杏などの黄葉をあらわす「黄落」という季語もある。「黄落期」となれば十一月も後半で、季語としては晩秋だが、世間的にも冬を感じ始めるころだろう。今年は寒くなるのがはやいようなので、紅葉も冬の訪れも、少しはやくなりそうだ。

 学生時代、地下鉄の今出川駅から地上へ出ると、ちょうど京都御苑の木々が目に入った。初冬の青空に銀杏の黄葉が映える様は、とても見事だった。講義がはやく終わって時間があるときは御苑を抜けて、四条まで歩くこともあった。御苑はお金をかけずに季節を感じることのできる、一番身近なスポットだ。

 今から思うと、学生時代はよく歩いた。
 京都大学のある百万遍へはたいていバスに乗らず歩いていたし、北大路でひらかれる句会へも、歩いて通っていた。
 地下鉄に乗れば五分、歩けば十五から二十分。コートのポケットに手を突っ込んで、その日出さなくてはいけない俳句を考えながら歩き出す。目につく言葉を口ずさみ、題材を探す。初冬の季語か、まだ晩秋の季語は使ってよかったか。

 鞍馬口の古本屋を通り過ぎ、紫明通りの銀杏並木が見えればもう半分。北大路通りを渡り、北文化会館へ急ぐ。

 そういえば京都の人に今出川から北大路まで歩くと言ったら、上り坂だから大変でしょうと言われたことがある。上り坂? 言われてみれば、確かに。
 坂の多い神戸生まれの私はちっとも気にしていなかったが、擦れ違う自転車はスピードを上げ南下していく。北山へ向かって、少し傾斜があったのだ。
 やはり町のことは、歩かなくてはわからない。