2020年9月9日水曜日

【転載】京都新聞2020.08.03 季節のエッセー(14)

 「死後の世界」

地獄の釜がひらくと、ご先祖様が帰ってくる時季である。

京都のお盆といえば(ろく)(どう)(ちん)(こう)()の六道参りが、今年は中止らしい。〈中止ではなく規模縮小、オンライン実施だったそうです〉

寺には平安時代の文人官僚、小野篁(おののたかむら)ゆかりの井戸があり、特別公開の時期は観光客でにぎわう。篁は、昼は内裏で勤め、夜は井戸から地獄へ通い、閻魔王の補佐をしたといわれる。数年前に、従来知られていた「冥途通いの井戸」のほかに「冥途返り(黄泉返り)の井戸」つまり帰り道が発見され、話題になった。このときはストラップまで記念発売されて、お世話になっている方が欲しいというので買いに走ったのだった。

ちなみに中国にも名のある文人が冥界で働いていたという説話がある。篁の説話は中国説話を翻案したのだろう。

死者を迎える「迎えの鐘」は小屋のような囲いでおおわれており、例年の六道参りでは参拝客が鐘を撞くためごったがえす。

  金輪際わりこむ婆や迎鐘  川端茅舎

『今昔物語集』によれば、この鐘は篁の寄進でつくられたという。名人の鋳造した鐘は、三年間土に埋めれば撞く人がいなくても自ら定時に鳴ると予言されたが、三年経たずに掘り出されてしまったという。

異説では、それでも唐土まで鐘の音が響いたため、冥途にも聞こえるだろうといって、盆迎えの時季に撞く習慣になった

そのころ珍皇寺は、周辺の地名にちなみ愛宕おたぎ寺と呼ばれていた。愛宕おたぎぐんの正確な範囲はわからないようだが、平安京の葬送地のひとつだった鳥部野とりべのふくむ広大な地域だったらしい。

鳥部野は、現在の清水山墓地に続いている。

珍皇寺周辺は六道の辻と呼ばれ、ほかにも地獄絵で有名な西福寺、幽霊の子育て飴を売るみなとやなど、彼岸に近い場だ。

六波羅蜜寺には空也(くうや)上人像もある。空也にはじまる踊り念仏は盆踊りにつながるので、まさにお盆シーズンにはうってつけだ。

ところで、京都の西北には愛宕(あたご)山がある。

火伏せと天狗信仰で有名な愛宕神社の総本宮。そして愛宕山の麓には、これも葬送地である化野(あだしの)がひろがり、愛宕郡から移ってきたという念仏寺がある。

さらに愛宕山には能「愛宕空也」の舞台となった竜神のすむ滝がある。

ちょうど京都市内をはさんで、対角線上にあるふたつの地名が響き合い、京と死後の世界をつないでいるのである。(俳人)