2019年10月21日月曜日

【転載】京都新聞 2019.07.01 季節のエッセー(3)


「シコブチさん」
京都から滋賀に流れる安曇川ぞいに、シコブチさんという神さまがまつられている。シコブチにはいろいろな字を宛てるようだが、材木を運ぶ(いかだ)乗りだという。
伝説によれば、シコブチさんはいつも子どもを筏に乗せて急流を下っていたが、あるとき河童に子どもを引き込まれたので、筏で川をせき止めてしまった。干上がった川の底で姿をあらわした河童は、今後シコブチさんと同じ格好の筏乗りには手を出さないと誓ったので許してやったという。
一説には、年に三人だけ子どもをひきこむ条件で許したともいう。シコブチさん、強すぎである。
シコブチさんをまつる社は、大津市葛川、高島市朽木、そして源流に近い京都市左京区大原、久多に集中し、日本遺産「琵琶湖とその水辺景観―祈りと暮らしの水遺産」にも指定されている。
昨年の夏、妻の車でドライブにでかけて、たまたま日本遺産の幟を見つけて立ち寄ったのが、朽木岩瀬の志子淵神社だった。
ちなみにこのときの目的は、同じく朽木の、くつき温泉てんくうへ行くことだった。この温泉施設は、朽木の山々を見わたす露天風呂「天狗の湯」で知られている。
地元の天狗伝説にちなんだそうだが、風呂場の外壁が天狗の顔のオブジェになっていて、ちょうどその口の中に温泉がある。外から見ると巨大な天狗の鼻が天空にのびていて、なんとも印象的である。
そんな天狗の湯の帰りに、河童伝説の志子淵神社に行き逢ったというわけだ。
とはいえ実は、シコブチさんの存在や伝説は前々から知っていた。以前、私の所属する東アジア恠異学会という研究会の先輩たちが調査したと聞いていたからだ。
この東アジア恠異学会は歴史学を中心とした学術団体だが、研究者だけでなく小説家や一般の方まで、怪異に関心をもつさまざまな人が集まり、議論を交わす団体である。
河童のような妖怪伝承も考察の対象で、古いシコブチ信仰と、比較的新しいはずの河童の伝説がいつごろ合体したのか、河童以前に水害を鎮めた水神の伝説があったのでは、など怪異学的関心は尽きない。
ああ、そういえば河童のキュウリ好きは祇園社の神紋に由来するという説がある。これもまだ出所を確かめていない。研究を進めなければ。(俳人)

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