2019年11月4日月曜日

【転載】京都新聞2019.09.10 季節のエッセー(5)

「夏の夜神楽」

この夏、台風9号と10号の隙をつくように、宮崎県を訪れた。説話や仏教文学を専攻する研究会の合宿で、天孫降臨の伝承地として知られる高千穂や、柳田國男ゆかりの椎葉村をめぐったのである。

宮崎は県内各地に神楽が残ることでも有名。特に高千穂の夜神楽は、高千穂神社で毎晩観光用に上演されている。時間は夜八時から一時間ほど。宿舎に着いて一度汗を流し、宮崎グルメを堪能してから神社へ向かった。

南国宮崎の気温は、意外に京都より低い。それでも蒸し暑さの残るなか、行ってみれば夏休みということもあってか舞台を取り巻く客席は盛況だった。海外の観光客や我々をふくめ六十人ほどはいたように思う。訛りの強い司会者のにぎやかな挨拶がすむと、太鼓と笛の音が祭場に響き、夜神楽が始まった。

その日の演目は、天岩戸に隠れた天照大神を誘い出したという神話にもとづく「手力雄の舞」、「鈿女の舞」、「戸取の舞」、そして伊弉諾尊と伊弉冉尊の夫婦神が豊作を祝って酒を醸すという「御神体の舞」。
「御神体の舞」は一名「国生みの舞」というそうだが、容貌魁偉な男神とおかめ顔の女神が怪しげに腰を振りながら見つめあい、酒を酌み交わし、抱擁し、挙げ句、酔った神々が祭場から客席になだれこむ、笑いに満ちた演目だった。
男神が女性の外国人客に抱きつくと、女神が怒ったふりをして追い掛け回し、女神が男性客にしなだれかかると男神が怒りだす。そのたび笑いがおこり、写真撮影が始まる。
神話というより田の神夫婦と人々のじゃれあいに見える。
本来なら真夜中の眠気覚ましに、もっと大胆に、猥雑わいざつに、演じられてきたのかもしれない。
祭りの活気を少し実感した気がした。

本来の夜神楽は、収穫が終わり、山里が冬にそなえる十一月ごろ、三十三番が夜通しかけて演じられる。観光用の演目は何分の一かに省略されたものにすぎない。
夜神楽の司会者は、今度は本番で会いましょう、そのときは無礼講で、神様と宮崎のお酒を楽しみましょうと呼びかけた。
秋の実りに感謝し、村の祭りに供されるべき夜神楽を、夏の夜に観光として楽しむ。
倒錯したことには違いない。一方で時代に即した行為にも思える。
田の神の祭と国生み神話が交わるように、伝統とは、案外柔軟なものなのかもしれない。(俳人)

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