2025年3月21日金曜日

新しい季語のはなし

田島健一さんが最近、Youtubeで短い動画をアップして、俳句に対する考えを発信している。(秘密の俳句ちゃんねる

いろいろ面白いこと、興味深い発言が多く、刺激がある。
そのなかで、新しい季語は定着するか、という話があったので、関連づけて私見をまとめておく。

先に結論じみたことを言ってしまうと、私は新季語の創案、提唱に関して大推進派で、講座や教室でも奨励している。実際に定着する季語は少ないかもしれないが、試みとしては大いに進めればよいし、そもそも歴史的に季語は増え続けているのだから、今後も新しい季語はどんどん生まれると確信する。
また、新季語について考え、議論することで季語に対する考えが深まると思っている。

ありふれた事例でいえば、もちろん「スキー」や「スケート」、「ラグビー」などのスポーツ語彙はことごとく近現代のものであり、「扇風機」「ストーブ」などの家電、「キャベツ」「ブロッコリー」などの飲食物、「クリスマス」などの行事、など、どう考えても明治以降季語は増え続けている。

新しいのに気づきにくい季語もある。たとえば、「春一番」という季語は多くの俳人が好んで使うが、季語としては新しいものである。
このことは私も何度か書いており(季節のエッセー(29))、国語辞典編集者のコラムでも、1965年発表の小説や、1956年刊行の高橋浩一郎『日本の気象』(毎日新聞社)が古い例として指摘されている(日本語、どうでしょう 第251回「春一番」)。

もとは西日本の方言が広まったといわれており、民俗学者・宮本常一(1907~81)の1936年の報告書にある記述が文献上の初出といわれている。
同じくジャパンナレッジで提供されている季語エッセイでは、同じ春の強風をあらわす言葉として「春疾風」「春荒」「春嵐」などをあげ、季語としての定着は新しいと指摘している。
俳句のほうで中村草田男(「春疾風乙女の訪ふ声吹きさらはれ」)や石田波郷(「春疾風屍は敢て出でゆくも」)などが詠んでから、季語として注目され出し、普及した。

季節のことば 春一番

このエッセイでは、「春一番」の意味を、次のように解説している。

春一番という語感には、厳しく寒い冬から開放され、暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じがあるが、実態はやや異なる。そもそもこのことばのルーツには、悲惨な海難事故がある。安政六(1859)年、旧暦二月十三日、長崎県五島沖に出漁した壱岐の郷ノ浦の漁師53人は、春先の強い突風にあって遭難、全員、水死してしまう。このとき以来、春の初めの強い南風を「春一(はるいち)」または「春一番」と呼ぶようになり、当地では今日でも二月十三日には出漁をみあわせ、「春一番供養」を行っている。......春北風も黒北風も一般的な冬の季節風のように長続きしないが、濃霧をともなうので、漁船にはたいへん恐い存在なのである。

しかし「春一番」という季語の本意として、「悲惨な海難事故」をともなう「漁船にはたいへん恐い存在」であることが、認識されているだろうか。むしろ一般には、「暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じ」で使われているのではないか。
こうした「明るい感じ」の源泉は、実はあの有名なアイドル曲らしい。

昭和51年(1976年)3月にリリースされたアイドルグループ・キャンディーズの9枚目のシングル「春一番」は大ヒットしました。
「雪がとけて川になって流れ、風が吹いて暖かさを運んできた」という歌のイメージは、当初の海難を引き起こす危険なイメージの「春一番」とは別の側面ですが、「春一番」という言葉を浸透させました。
そして、気象庁には「春一番」の問い合わせが殺到するようになり、気象庁は春一番の定義を決め、昭和26年(1951年)まで遡って春一番が吹いた日を特定し、平年値を作り、「春一番の情報」を発表せざるをえなくなっています。

キャンデーズがきっかけ 気象庁の「春一番」の情報 饒村曜

作詞・作曲は穂口雄右(1948~)。195-60年代に広まった言葉を作詞家が取り入れて、1976年にヒットしたアイドル曲のイメージが、「春一番」という季語を支えている。

この一事をもってしても「新しい季語は定着しない」という通説は間違いであると思う。

新季語の利用についてしばしば言及されるのが、黛まどか氏の『月刊ヘップバーン』がかつて提唱した新季語だ。
『月刊ヘップバーン』誌面を検証していないので、実際にどんな新季語が提案されたのか、全体を検討できていない。国会図書館には所蔵がないようで近年充実したデジタルコレクションでも確認できなかったが(俳句文学館には所蔵があるようだ)、よく言われる例として、サザンが夏の季語、広瀬香美は冬の季語、などがある。

これらは人名季語というべきものだ。「稲川淳二は夏の季語」というネタもよく話題になる。『ヘップバーン』で提案されたかどうかは確認できないが、落語や漫談から独立して怪談に特化した話芸の先駆者として、稲川氏の存在そのものが風物詩であり、夏の季節感があるというのは、よくわかる話だ。
数年前、ついに本人が「俳句協会の歳時記に登録された」と発言し、ちょっとした騒ぎになった。
もっとも、「俳句協会」ってどこの協会だ、というあたりで出所が怪しく、芸人らしいネタかリップサービスとみるのが妥当ではないかと思われる。
そういえば『里』の特集で、羽生結弦を冬の季語に、という特集が組まれたこともあった。
しかし、こうした話題に関連して何人かの俳人が取材に答えて発言していたが(参考1参考2)、結論としては、「人名」が季語になる例は、原則ない。
つまり、怪談噺で知られる三遊亭圓朝が夏の季語になったり、忠臣蔵が得意な役者が冬の季語になったりすることはないのだ。

理由としては、当たり前だが生きた人間は季節限定で活動しているわけではないから、その人に対しても無礼であるし、流行が去れば芸能人は忘れられる、などが想定できる。逆に忌日や関連の記念日が季語になるのは、日時が限定され、時代を超えて継承されるからだ。(新季語に抵抗を示す人のなかにも祝祭日や忌日には抵抗がないことがあり、奇妙に感じられる)

従って、サザンや広瀬香美が季語として成立しなかったのは、人名季語だったからであり、試みとして全て無駄だったとはいえない。
なお「俳句の大好きなヘップバーンOGたち」が集まる「俳句座☆シーズンズ」のHaiku Q&Aコーナーに、次のような回答がある。

ヘップバーン新歳時記には、現代の暮らしの中に新しく登場し、浸透してきた風物詩が提案されています。新季語は例句も少なく、どのように詠んだらいいのか、初心者でなくとも苦しむところです。......まずは、季語を自分で見たり聞いたり体験してみることが大切です。「ボージョレ」、「ポトフ」など飲食に関するものや、「新色」、「保湿」、「ブーツ」といったメイクや装いに関するものなら、比較的簡単に試すことができますし、「クリオネ」、「ホエールウォッチング」など、実際に目にすることが難しいものも、インターネット・書物・新聞・テレビなどから情報を得ることが出来ます。

ここであげられた新季語のなかで、「ボージョレ」は秋の季語として充分理解できるし、「ポトフ」や「ブーツ」も、使用例は少ないだろうが、冬の季語とわかる。「新色」「保湿」などは季節を問わず重視されることがあり、季語としてはわかりにくいが「ホエールウォッチング」は、カタカナが目を引くだけで「鯨」の傍題である。
つまり、飲食やファッションなど従来の季語の延長上なら、新季語の理解はちっとも難しくないことがわかる。
ほかに行事の事例なら、「ルミナリエ」が関西の俳人にとって抵抗なく受け入れられた例として考えられるだろう。

新季語は、多くの人の生活に定着した語彙であることに加え、ある程度時間が経っても季語と認識できなくてはいけない。
また、俳句形式(必ずしも五七五に限定されないが)に馴染み、利用される必要がある。
こうした条件のため流行語彙をそのまま取り入れて季語として使うのは難しいが、もちろん成功例はあるし、長期的に見れば、新季語開拓の試みは大いにやるべきだ、と言えるだろう。

春一番あなたにおすすめのワード  久留島 元
幸せがボジョレー・ヌーボほどの出来

2025年3月19日水曜日

西川火尖氏の句


 京都新聞2025/3/15、一面コラム「凡語」より。

2025年2月6日木曜日


流れない大根のある小川かな


 

2025年1月31日金曜日

備忘録

作家の言葉

和歌は、五七五七七。

俳句は、五七五。

和歌の方は、定型でない「仰天和歌」ではあるが、なんとか五七五七七あれば、物語を盛り込むことができるのだが、俳句の五七五は、どうにもならんのじゃないのと思い込んでいたのかも知れない。

しかも、あの季語があるじゃん。

季語をどうすんのよ。

季語、邪魔じゃん。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

小説を書くことをやめてしまった氷室冴子が、まだ言葉による創作というか、なにものかにこだわっていて、しかし、それを発表する気がない。ないけれども、俳句をやっている。どんな俳句か。それはぼくも知りたかった。

俳句は、ぼくらのように言葉にこだわる職業の人間が、最後にすがることのできる文芸ではないか。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

 

歌人の言葉

川野(里子) こうしてみると、短歌というのは、見えない何かに対する呼びかけであり、そして、その答えに耳を澄まし、言葉を尽くして詠み終えて、そして沈黙をするしかない。その沈黙の中で答えを待つ死刑なのだということが思われるのです。つまり短歌というのはダイアローグなんじゃないか。例えば平安時代のような、恋文を出してその恋人から答えを待つと言う形式が原型ですね。しかし、そのような直接の相手を持たなくなった戦後という時代、現代短歌自体を、私達は言葉を尽くしてなにかを表現し、その答えを、耳を澄まして待っているのじゃないか。

川野 私は、俳句は片言や断片ではない、完璧な詩型だとばかり思っていました。・・・・・・むしろ、短歌こそ片言なんじゃないかという気がするんです。返りが来るかどうかわからないこだまの様なものに、耳を澄ませ続ける。そのために七七が着いているというふうに思っていて、だからこそ短歌に詠嘆が多い。

 「シンポジウム「岳」45周年記念 短詩型文学への期待」『俳句』2023.10



2023年12月31日日曜日

2023年

年末ですね。


今年から、西村麒麟さんの「麒麟」に所属しています。

まさか自分が結社所属になるとは思いませんでしたが、そのあたりの経緯は、週刊俳句第835号 麒麟発足座談会でお話しさせていただきました。
主宰(麒麟)からは「編集長が結社が嫌い」といわれていますが、結社でありながら結社らしからぬ、そんな雰囲気作りを目指しています。誌面では「関西俳人の系譜」を連載。

関西現代俳句協会青年部では、7月に「関西俳句を辿る」、12月に「俳句の宛先」という勉強会・句会を開催。7月の勉強会は『現代俳句』10月号に、川田果樹さんのレポートを掲載。
参考:note:「現代俳句」2023年10月号 相田えぬ

そのほか、5~7月には、かきもり文化カレッジかきもり俳句コース(ジュニア~ミドル)を担当。

11月26日に神戸市立三宮図書館で俳句講座をさせていただきました。


不定期連載(季刊目指しているがサボり気味)の「オバケハイク」も。
そろそろ冬のオバケを出さなければ。。。

【連載】久留島元のオバケハイク【第4回】「野槌」 | セクト・ポクリット https://sectpoclit.com/obake-4/ 【連載】久留島元のオバケハイク【第5回】夜長の怪談 | セクト・ポクリット https://sectpoclit.com/obake-5/


俳句とは関係ありませんが、学部時代から取り組んでいる「天狗説話」の研究をまとめた著書を刊行しました。

天狗説話考 白澤社


出版社からこの装幀を出されたときは、ちょっと驚いたのですが、わかりやすく書棚で目立つようで、結果的に良かったかなと。
俳句と関係ないとはいえ、天狗を詠んだ近世俳諧などは多少紹介しております。
すこし高い本なので、お気にとまれば図書館などでリクエストよろしくお願いします。

今年も世界が不穏です。平和ぼけできる人生であってほしいですね。
それでは。よいお年越しを


亭主拝。

2023年6月5日月曜日

世界のHAIKU


堀田季何さんの、『俳句ミーツ短歌』笠間書院、2023を読んでいる。

主宰誌『楽園』の連載をもとに再編成された本で、平易な口語体ながら季何さんの俳句・短歌論が縦横に披露され、世界の詩歌に基準とする著者の深い見識に触れることのできる本である。

やはり最も興味深いのは、世界のハイクや季語をめぐる議論である。

SUSHIやJUDOが世界でそのまま通用するように、近年はHAIKUも世界の言語でそのまま用いられます。ウィキペディアでも百以上の言語がHAIKUを扱っていて、その数はSUSHIとほとんど変わりません。

世界のHAIKUについては、関西現代俳句協会青年部のHPでかつて連続エッセーのテーマとしてとりあげ、季何さんのエッセイを基調に、各氏から示唆深い文章を寄せていただいた。

関西現代俳句協会青年部 過去の掲載ページ

最近では、ウクライナの俳人、シモノーワ(シーモノワ、シモノヴァ)さんが話題である。

珠玉の俳句をもう一度 「戦禍の中のHAIKU」ウクライナ(1)

「ウクライナ 俳句交換日記」NHKドキュメント初回放送日: 2023年1月23日

ウクライナだけでなくロシアにも俳句で平和を祈る人々がいる。

俳句を平和の架け橋に ウクライナ、ロシア、ベラルーシ…連なる非戦の声 中日新聞2022年6月8日

馬場朝子さん「俳句が伝える戦時下のロシア」インタビュー 日常が伝える戦争の悲惨 好書好日

むろん、俳句を「平和を祈る詩型」などと美化する言説に、安易に与することはできない。

  討伐を了へぬ燕も巣立ちけり 小島昌勝

 といった聖戦俳句、翼賛俳句が賞賛されてきた歴史を、我々は知っているからだ。

明治時代に写生の方針が定まり、大正時代にはそれが正確に研究され、現代に至つて燦然たる花をひらいた。而も俳壇未曾有の聖戦俳句が生まれ、大東亜戦争開始以来ますます偉いなる業績を成さんとしつゝある。まことに現俳壇に学ぶほど幸福なものはなく、昭和時代の俳句の進展はとゞまるところを知らぬ勢である。

水原秋桜子「巻末に」『三代俳句鑑賞 春夏の巻』第一書房、昭和17年(国立国会図書館デジタルコレクション個人データ送信サービスにて閲覧可能 リンク) 

 わが畑もおそろかならず麦は穂に 篠田悌二郎 セクト・ポクリット ハイクノミカタ

英帝国ひれ伏すや匂ふ夜の梅 長谷川素逝

ますらをはすなはち神ぞ照紅葉 水原秋櫻子

それとは別の話で、俳句がいまやHAIKUであることは、実例、作例が証明するところであって、いくら日本国内でガラパゴスな定義を叫ぼうとも意味のないことである。

EUのファンロンパイ大統領、初の俳句集を出版 世界のこぼれ話 REUTER 2010.04.16

EU初代大統領が「平和の俳句」 ウクライナに寄り添い「調和」の思い込め 東京新聞2022.07.18

第三十三回おーいお茶新俳句大賞 英語俳句の部優秀賞

ユルガ・ヴィレ『シベリアの俳句』花伝社

かつて私も、翻訳の限界ということを考えていた。
論文や実用書ならば翻訳されて情報が広く伝わることに意味があるだろうが、「吾輩は猫である」を「I am a cat.」と訳したときに日本語のも吾輩」のニュアンスは失われるのではないか、まして韻文、まして短詩型であれば、その弊害は大きいのではないか、という紋切り型の考えであった。

しかし振り返ってみれば当然ながら、私も多くの翻訳小説に恩恵を受けてきた。ハリー・ポッターの世界的人気の前に「翻訳の限界」を言うことに、どれほどの意味があるだろうか。

もちろん翻訳で失われるものはあるし、母国語で味わう幸福、深い理解はあるだろう。翻訳の向き不向きで評価が変わってしまう作家、作品もあるだろう。
村上春樹がノーベル賞候補としていつも話題になるのは、作品の無国籍性が翻訳にむいているからだとよく指摘される。一方、日本文学者のドナルド・キーンは、泉鏡花の小説を英訳する難しさを述べたうえで、この文章を味わうために日本語を学んだのだ、鏡花こそ日本語の醍醐味だと言っている。
けれども、それでも文学には翻訳で伝わるものがあるという前提があればこそ、ノーベル文学賞には価値が認められているわけである。

しかし、その翻訳という作業がもつステレオタイプな危険性、「母国語」という幸福の裏にあるナショナリスティックな陶酔を、樫本由貴は鋭く撃つ。

それを選ぶ指先の欲望 「小熊座」2022VOL.38 NO.446 俳句時評

なぜこの俳句の邦訳に「文語」かつ「定型」が選ばれたのか。...散文より韻文を、口語より文語をという選択は、そうでなければ読者が抱きかねない「これは俳句か否か」といったたぐいの疑問を起こさせない。それどころか「ウクライナで俳句を書いている人がいるなんて、感動」とさえ、読者に思わせるのではないか。

この潔癖は、岩田奎がしばしば表明するような、俳句がオリエンタリズム的な誤読のなかで愛好されてきたことへの忌避感と、表裏の関係にあるだろう。(『俳句四季』39-12,2022.12)(余談だが、私は四方田犬彦氏の講演で同様の質問をなげかけ、「(オリエンタリズムの対象でも)構わないではないか」と返され憮然とした経験がある。)


さて、ここで突然関係ないような話だが、季何さんにならって、SUSHI(寿司/鮨/鮓)の話をしたい。今日スシというと多くの人が「にぎりずし」を想像すると思う。

しかしスシの語源は「酸し」で、「魚肉が自然に発酵し酸味を生じているのを利用して人工的につくるようになった」(ブリタニカ国際大百科事典)ものであるとすれば、滋賀の「鮒鮨」のような「熟れ鮨(なれずし)」のほうが由緒は古いはずであった。(以下、『古事類苑』『日本大百科全書』などの記述を参考にする)

 参考.ふなずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
  あゆずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

江戸時代になると発酵に時間がかかる「熟れ鮨」に対して、塩や酢を用いる「早鮨(はやずし)」「一夜ずし」などが生まれる。
このなかにも、酢飯に直接魚介や具を混ぜ込んでいく「ちらしずし(ばらずし)」と、締めた魚とご飯を重ねて強く押す「押し寿司」があって、関西のスシは後者が主流である。

大阪寿司(おおさかずし) うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
さばずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

こうした積み重ねの上に、さらに即席のファストフードとして、酢飯の上に魚をのせ握った「握り鮨」が生まれるわけだが、これは江戸時代後期になってからのもの。
「握り鮨」登場は諸説あるようだが、文化文政時代(1804~30)、イカやエビ、アナゴの煮物をのせた鮨が始められ、つぎにアジなどの光り物を酢に漬けたもの、そしてようやく刺身をのせるようになったのだという。これよりやや先行して太巻の巻き鮨も江戸で始まったといわれている。

現代では、かつて江戸の庶民が「ねこまたぎ」と嫌ったといわれるほど腐りやすく脂の多いマグロが一番人気のネタとなって、世界の漁獲量を脅かすほどに食べられている。
原義が「酸し」、魚を発酵させたものだとすれば、「握りずしのトロ」などは異端も異端、歴史のないヒヨッコにすぎないという気がしてくる。

現在のスシ文化は当たり前のように「サラダ巻き」や「牛肉ずし」を受け入れている。ここであらたに「カリフォルニアロール」が加わったり「キンパプ」が加わったりしたところで、「スシ」がゆがめられた、なんて思う必要あるだろうか。

もちろん個人的に「これはスシではない」と拒否する自由はあるが、本質とは関係のない、個人の思想信条、究極には好みの問題ではないか。
それぞれの時代にそれぞれの料理人が「これもスシだ!」「これもありだ!」と試行錯誤してきた結果、豊かなスシ文化は展開した。そのなかには捨ててきた可能性も、たくさんあるだろう。それぞれにスシの本質、スシの可能性を追求した結果が、現在である。それぞれの探究はそれぞれに尊重されるべきであって、どれがひとつが完全な正解だというのは、後世から恣意的に逆算した、結果論に過ぎない。

同じ結果論なら、私としては、どのような「誤解」のもとにスシや俳句が広がってきたか、それぞれなにを本質とみて、どんな挑戦をしてきたかを楽しむほうがよいのではないか、と思うのだが、どうであろうか。

「これを考案した料理人はだれだ!」居酒屋で海原雄山のごとく激高...


2023年5月18日木曜日

新時代

 

新しい時代の国の亡びかた

一斉に笑ってそしてそのあとは

知っていた誰にも言ってなかったね

止まってたものと止めていたものと

大丈夫みんないっしょに倒れるよ

2022年8月19日金曜日

朝日川柳の件


朝日川柳の件。


2022年7月15、16日付の朝日新聞「朝日川柳」に、安倍晋三元首相の銃撃事件を揶揄するような内容の作品が複数掲載されたことが、SNS上で物議を醸している。(略) 
 問題となったのは、15・16日付の朝日新聞に掲載された「朝日川柳」だ。選者・西木空人氏によってそれぞれ7本の川柳が選ばれている。 
15日には「銃弾が全て闇へと葬るか」「これでまたヤジの警備も強化され」など、16日には「疑惑あった人が国葬そんな国」「死してなお税金使う野辺送り」など、安倍氏の事件や国葬を行う政府方針を揶揄するような複数の川柳が選出されている。16日は選ばれた7本すべてが安倍氏を題材にしたとみられる作品だった。

この記事は朝日新聞の「回答」が主眼だから比較的ニュートラルな書き方だが、次の記事になると川柳の受け止め方が全然違っている。

 批判が集中しているのは「朝日川柳」の7月15日、16日付です。この二日間にわたって、安倍元首相を揶揄するような内容ばかりが選出され、「死人に鞭打つとは、それでも報道機関のすることか」との声がSNS上にあふれているのです。

このとおり、一句も例句をひくことなく、しかも「安倍元首相を揶揄」と書いています。

もう一度J-CASTのほうの記事を読んでみましょう(下線部)。「安部氏の事件や国葬を行う政府方針を揶揄するような複数の川柳」とあります。揶揄の対象が異なっています。
はっきり言って後者の記事は、例句を引く前に読者に先入観をあたえる、煽り記事にすぎません。

実際の作品はどうでしょうか。

還らない命・幸せ無限大 (2022.07.15掲載)
銃弾が全て闇へと葬るか
これでまたヤジの警備も強化され  
疑惑あった人が国葬そんな国 (2022.07.16掲載)
死してなお税金使う野辺送り
忖度はどこまで続く あの世まで
国葬って国がお仕舞いっていうことか  

「安倍氏」個人を揶揄するような、あるいは「死人に鞭打つ」ような句は、私見では一句もありません。すべて安倍氏の在任中の時事、職務上の「疑惑」と、そうした人物を「国葬」にするという政治方針についての批判です。
公人の業績や政治方針に関する批判、揶揄は、時事川柳として当然ありうべきものである。(当該作品の優劣を問わない)

特に第一句については、すでに繰りかえし指摘されていますが、安倍氏の事件についてではなく、東電旧経営陣に対する賠償命令を素材としたもの。


きちんと読み直してみると、

 還らない/命・幸せ/無限大

と五七五で読めば、「命も幸せも無限大(だったのに)もう還ってこない」となるし、

 還らない命/幸せ無限大

として「還ってこない命/幸せは無限大(だったのに)」ととることも可能でしょう。
いずれにしても「安倍元首相を揶揄」するような理解とするのは、かなりアクロバティックというか、悪意のある誤読です。
まして、
暗殺された人に対して、ご冥福をお祈りするということがそんなに難しいことなのか
などという感想(たかまつなな)は見当外れも甚だしい。

ただしそのような理解を誘引する要素があったのは確かで、16日付の川柳欄で7句すべてが安倍氏銃撃事件や国葬に関わる句(ほかの3句は「利用され迷惑してる民主主義」、「動機聞きゃテロじゃ無かったらしいです」「ああ怖いこうして歴史は作られる」)だった、つまりカラーが統一されていた。
そのあとで前日15日を見れば、誤解する人がいても理解できる。
しかし実際には15日は、東電賠償の句(ほかに「高裁も最高裁もなかりせば」)や、季節外れの長雨
を話題にした句(「梅雨明けと言われ機嫌を損ねたか」)もあった。

つまり、16日が「反安倍一色!」といきりたった人々が前日記事の「粗探し」に殺到した結果、誤読が生まれたのである。

先入観と正義警察による暴走、時系列の無視である。

本来であればこのような、小遣い稼ぎで類型的煽り文をならべたコタツ記事が扱う「炎上」など相手にしないほうが正しいのだろう。
しかし、歴史上、こうした「善意」の一般市民による「言葉狩り」「自粛」が、おぞましい結末に至った例は多い、そのことを我々は知っている。
諷刺というなら、まさにこうした事態をこそ揶揄し、啓発しなければならない。

にも関わらず、朝日新聞は、川欄欄への「ご批判」を受けとめてしまった。
遺憾と思う。

Twiiterで述べた私見を繰り返す。

西木空人氏の選んだ川柳は、諷刺というには直接的すぎるし、掲載句すべて同じ主題という均質性も、まことに「つまらない」と思う。
しかし、つまらない川柳すら発表できない国で、圧倒的で衝撃的な川柳が発表されるはずがない、という点において、私は朝日の川柳欄を支持するものである。

2022年8月17日水曜日

天狼を読む会

 

以前お知らせした「天狼を読む会」ですが、オンラインで続いております。

次回は8/20(土)13:30~、「天狼」昭和24年1月号を読みます。
ようやく2年目に入りました。

研究者なども参加していますが、参加資格はとくにありません。興味のある方は誰でも参加できる勉強会、読書会です。
誓子記念館の協力により、参加者とは資料を共有しておりますので、特に用意しなければならない物もありません。これまでの研究会の記録動画などもあるので、ご関心のある方は亭主までご連絡ください。

CQA21226◎nifty.ne.JP(◎を@に、JPを小文字に変換してお送りください)

2022年3月27日日曜日

【転載】京都新聞2022年3月15日 季節のエッセー(30) 

 「豆腐が飛んだ」

三年前の春は何をやっていたかと思い、アルバムのデータを見ていたら、MIHOミュージアムの桜の写真があった。たしか、国宝、曜変天目の展示を見たときだ。
結婚を機に滋賀県に住むようになって一年余り、ついでに桜も見られるし、と言って出かけたのである。
滋賀在住ならこれからもたびたび来られるだろうと思っていた美術館も、県内のほかの花見スポットも、それ以来行けていない。

私のエッセー担当は今回が最終回。
まさか三年のうち二年間がパンデミックにおおわれるとは思いもよらなかった。おかげさまでエッセーも、季節感のうすいオンラインの話題が多くなった。

実はほかの文章はともかく、本欄のように人目にふれるものは読みやすさが一番と思って、毎回妻に下読みをお願いしていた。
はじめはなかなか書き慣れず、季語の由来や俳句について書き込んだ文は「読みにくい」と言われ、日常の話題を書いた文は「まとまりながない」と言われ、何度も書き直した。

本欄の難しさは、季節にあわせた話題を選ばなくてはいけないことと、案外字数が多いこと。
もちろん書き手の腕次第なのだろうが、日常の小ネタだけではうまく話がまとまらないということはわかってきた。

たとえば、通っている床屋さんが西宮神社の福男選びに参加しているという話。
早朝のスタートに好位置を確保するため夜中に並んで抽選し、仮眠をとってのぞむらしい。興味深いが、聞いた話だけでは話に重みがないし、ほかの話題に展開しづらい。

最近でいえば、妻に豆腐をぶつけてしまった話。
もちろん意図したわけではない。以前視聴した情報番組で、プリンなどをお皿に盛るときはカップを裏返して皿に密着させ、皿を持った腕を延ばしたまま一回転すると遠心力で簡単にはずれる、という裏技を紹介していたので、豆腐で試そうとしたのだ。
ところが皿との間にすきまがあったらしく、カップから出た豆腐がつるりと飛び出し、こたつでくつろぐ妻の背中を滑降、カーペットに落ちて無惨に崩れてしまった。悲しかった。

こんな話題も、豆腐は季語にならないし、普段はボツである。

最後だから思い切って書いてみたが、やはり落ちがつかない。修行をやり直して、またいつか、どこかでお目に掛かりたい。


※3年間お世話になった京都新聞「季節のエッセー」はこれで最終回。
はじめはここで書いたとおり書き慣れず、なかなか難しいと思ったけれども、なんとかネタをつないできました。「言葉」について、更新されていくもの、つながっていくもの、みたいなことは漠然とテーマに考えていたけれど、途中でリアルに仲間と会うこと、季語に触れること、を考え直さざるをえなかった三年間でした。思いがけずもと船団の方から感想をいただいたり、よい経験でしたが、パンデミックが収束しないなかで戦争と天災のある世の中になっているとは、まさか思いませんでした。暗い気持ちになるので、思い切ってお気楽な方向に振り切って最終回をまとめましたが、これでよかったのかどうかわかりません。
国が戦争をするということ、個人が、表現や学問にたずさわる人間がそれに直面するということ、を考えさせられます。つら。俺だって気楽に酒呑んで俳句の話してーわ

2022年3月21日月曜日

【転載】京都新聞2022年2月7日 季節のエッセー(29)

 「春を待つ」

春を待つ、という季語がある。
漢語でいえば待春。万葉集にさかのぼるようだから日本でも相当昔から愛されてきた言葉で、春待顔などという言葉も平安時代に用例がみえる。
もう少し春の気配を感じられると、春近し、となる。

春隣という言葉もあって、やわらかな、よい言葉だと思う。
春の訪れは春信、春告鳥といえばウグイスのこと。実家のある神戸の山裾でもウグイスの声は聞こえるのだが、それと意識したのは俳句を始めてからだった気がする。
ある友人は、季語を知ると目の前の景色の解像度が上がると表現していた。まさにそう、知っていたはずの景色をより明晰に認識することができる。

あるいは春に入ってからも余寒、冴え返る、など早春の寒さをあらわす季語がある。

 鎌倉を驚かしたる余寒あり 高浜虚子

行きつ戻りつ、少しずつ寒さがほどけて春らしくなっていく。春夏秋冬、それぞれに移ろう時季を楽しむ季語はあれど、冬から春にかけての変わり目は、特に語彙が豊かなように思う。

春先に強い風が吹けば、SNSのトレンドワードに「春一番」があがる。
気象庁の定義では、立春から三月半ばごろまでに、日本海に発達した低気圧により最初に吹いた南よりの風。もともと西日本の方言だったものを民俗学者の宮本常一が採集し、歳時記で紹介されるようになったという。全国的には比較的新しい言葉だが、いやだからこそなのか、現代では季節の言葉として定着している。

天気予報といえば「暦の上では春ですが、」という定型句もよく使われる。我々はなんとなく春は暖かいものと思い込んでいるけれど、立春を過ぎても暖かい日はなかなかやってこない。だから「名のみの春」などという言葉まで使ってしまうのだが、実はこれも吉丸一昌作詞の唱歌「早春賦」で広まった新しい言葉らしい。
以前、別の場所にも書いたが、一年を四等分した暦本来の意味からすれば本末転倒でも、「名のみの春」の感覚は現代人には広く支持されている。
季節や暦の感覚が乏しくなった時代だからこそ生まれたり、再認識されるようになったりする言葉がある。
歴史の浅い、バーチャルな季語を嫌う人もいるけれど、新しい、軽い手ざわりも捨て難い。そして多くの人に愛されて、厚みを増していくのだ。


ウラハイ = 裏「週刊俳句」月曜日の一句 久留島元の一句

2022年2月7日月曜日

【転載】京都新聞2021年12月20日「季節のエッセー」(28)

 「へろへろと」

大学の講義で俳句を扱うときは、実作と鑑賞をセットにしている。
もともと俳句には句会というシステムがあって、実作だけでなくお互い鑑賞、批評しあう文化がある。ただ自分たちの作品を読むだけではどうしても視野が狭くなるので、講義では虚子から現代の若手まで、私が独断で選んだ秀句の一覧を配布し、学生たちに任意で好きな句を選んで鑑賞文を書いてもらう機会を作る。

鑑賞にあたって季語など語彙の解説はするが、基本的に作品だけで自由な鑑賞にゆだねている。俳句は五七五の言葉を見て、読者それぞれが受け取ったものが答えになると思うから。
また、そのほうが学生たちは教科書にない表現を楽しんでくれるようだ。

学生から人気があるのは次のような句。

はっきりしない人ね茄子(なす)投げるわよ   川上弘美 

現代の人気作家による小気味いい一句。男女の関係性もうかがえ、わずか十七音で想像が広がる楽しい句だ。

へろへろとワンタンすするクリスマス  秋元不死男ふじお

)

面白いことに、この句を鑑賞する学生はほとんどがワンタンをインスタントと想像する。
クリスマスなのに一緒に過ごす相手もなく自宅でインスタントのカップをすすっているわびしさ、自嘲を読み取り、共感するのだ。

作句年代や作家の背景を考えれば、作中のワンタンはインスタントではなかっただろうし、プロレタリア文学的な批判精神を読み取るべきなのかもしれない。
しかし上五の擬音で生じる、チープだがあたたかなユーモアは、学生の鑑賞とも通底しているだろう。

今年の春は思いがけない鑑賞に出会った。

若さとはこんな(さび)しい春なのか 住宅(すみたく)(けん)(しん)

白血病で、二十五歳の若さで世を去った自由律俳人の句。
この句について、ある学生が「この句は僕たちの句だ」と書いた。新型コロナ感染症の影響で卒業式も入学式もなくなり、仲間との卒業旅行も、新しい友だちとの出会いも奪われた僕たちだ、というのだ。
胸を突かれた。
喪失感は青春詠の定番だが、確かに、こんなにも物理的に大量の「淋しい春」が生み出され、共有されたことはなかったのではないか。
今後、私たちは、あるいは彼ら自身は、喪失感をどうやって埋めていけるのだろう。
(俳人)

2022年1月30日日曜日

寒中お見舞い申し上げます。

坪内さんのサイトで新作を掲載いただきました。

久留島元の新作―鬼を喰う  坪内稔典の「窓と窓」2022.01.26


今年もよろしくお願いいたします。

亭主拝

2021年12月31日金曜日

2021年回顧


「船団」が2019年に「散在」して以後、定期的に作品発表する媒体は持っていないのですが、ありがたいことに今年もいくつか俳句関係でお仕事をいただきました。
句作のほうは、メール句会を中心に活動しています。句数はかえって多いくらいですが、出来は当たったり外れたり。

一番大きかったのはなんといってもNHK俳句誌で特集記事を担当させてもらったこと。
「異界を詠む 妖怪と俳句の世界」ということで、
妖怪、お化け、幽霊など、目に見えない世界のモノと日本人がどうつきあってきたのか、歴史を溯り、古代中世の認識から現代俳句までを関連づけ、例句をあげながら概観しました。
解説、年表などはすべて久留島の文責に拠りますが、編集担当さんと何度も電話で打ち合わせし、NHK俳句の誌面に相応しい企画になるよう推敲を重ねたので、よい経験になりました。図版など、こちらからはもっといろいろな絵を提案したのですが「不気味すぎる」などの理由で却下されたものも多かった、とこっそり暴露しておきます(それでもネット上で絵が怖すぎるとの批判を目にしました、たぶん私はお化け絵に慣れすぎて麻痺しているのでしょう)。

 NHK 俳句 2021年 8月号 [雑誌] (NHKテキスト) NHK出版 日本放送協会

amazonなどではまだ購入は可能なようなのでよろしければどうぞ。

坪内稔典さんのブログ「窓と窓」で、何度か作品を掲載してもらいました。

久留島元の新作―日本の鰯雲

久留島元の新作―茸が踊り出す

「船団」会員作品をあつめた『あの句この句 現代俳句の世界』創風社出版、が5月に刊行。

 日本は妖怪の国春の川   久留島元

 蚊柱は奇術師たちの墓の上

「天狼を読む会」研究会は、オンラインで継続中。

次回は2022年1月15日(土)13:30~の予定です。ご関心のある方は亭主まで。

おなじみ、「週刊俳句」にも記事を一本書かせてもらいました。

【週俳7月9月10月の俳句を読む】 俳諧徘徊 久留島 元  週刊俳句 Haiku Weekly 第762号

久留島の仕事とはまったく関係ないのですが、今年は待ちに待った句集の刊行が、続々。

まずは、杉浦圭祐さんの『異地』邑書林
数年前から準備している準備していると聞きながら出ていなかった杉浦さんの第一句集。

 滝を見し者より順に声あぐる  杉浦圭祐
 ざり蟹の諸手を挙げて運ばるる

木田智美『パーティは明日にして』書肆侃侃房
関西で句会をともにしてきた、またKuru-Coleにも参加してくれている木田さんの、商業出版としてははじめての句集。歌集が多い出版元から出たというのも、俳句の枠組みとは違う発想をもつ彼女らしくて素敵です。

 ラズベリータルト晴天でよかった 木田智美
 妊娠の蜥蜴を這わせれば重し


塩見先生の「船団」時代を総括する句集、『隣の駅が見える駅』朔出版については記事を書かせていただきましたので省略。

塩見恵介『隣の駅が見える駅』を読む 曾呂利亭雑記


まさかの同時刊行となった堀田季何さんの『星貌』邑書林『人類の午後』邑書林

さまざまな詩型を横断し、国境も自在に飛びこえる堀田さんらしくさまざまな詩的実験にあふれた句集ですが、どちらもなぜか無理なく調和し、成立しているところが不思議で魅力的です。
破調で切れっ端のような句や、長律の連作を続けて詩として味わいたいようなものもあり、また別に句の力を感じるものもあり、諷刺として直截すぎると思うものもあり、次々と「読ませる」句ばかりでかえって一句を選ぶのが難しいのですが、読後、なんともいえぬ刺激で(句を創らなくては)という気にさせられた句集です。

 しはぶきて蛇や砂より砂を吐く 堀田季何 『星貌』「亞刺比亞」
 ぐわんじつの防弾ガラスよくはじく 『人類の午後』

年末になって相子智恵さんの第一句集『呼応』左右社が刊行。

相子さんとはNHK-BS俳句王国という今はなき番組でご一緒したご縁があり、そのときの放送回は10年前、東日本大震災の影響でしばらく延期になった、という思い出があります。

相子さんは、当時から若手には珍しい大ぶりで豊かな句を書かれる本格的な作家として衆目の期待するところでした。
紙媒体のみで発表した第一回Kuru-Coleにもご参加いただいたりしたのですが、このたび、本当に待望の句集を刊行され、作品をまとめて見られるようになったのは本当に嬉しい。

 群青世界セーターを頭の抜くるまで 相子智恵

年末ぎりぎり、ラストを飾ったのは西川火尖『サーチライト』文学の森

第11回北斗賞受賞。そしてKuru-Coleには二度にわたって参加いただいた作家。間違いなく、これからどんどん目にする機会が増えるでしょう。

 子の問に何度も虹と答へけり 西川火尖


みなさま、おめでとうございました。

来年もよい俳句に出会えますように。

2021年12月7日火曜日

【転載】京都新聞2021年11月16日 季節のエッセー(27)

 「鞍馬再訪」

先日、鞍馬寺を訪れた。
昨年の台風被害によって長らく止まっていた叡電鞍馬線が九月に再開し、緊急事態宣言が明け、紅葉シーズンの直前という絶好のタイミングである。
少し肌寒いが、秋晴れのよい日だった。

ちょうどこのエッセーでも、二年前のこの時期、鞍馬駅前の二代目大天狗像のことを書かせてもらった。
前回は一人で、山門から本殿まで歩いて引き返したのだが、今回は担当講義の学生たちを連れ、鞍馬寺から奥の院を抜け、貴船神社までの道を踏破する。
奥の院まで参るのは約十年ぶりだったで、外出自粛のなまった体にはやや不安が残るが、学生たちの前で弱音は吐けない。
鞍馬駅に着くと、初代大天狗はすでに撤去され、二代目が運転再開を喜んでいた。集まった学生たちに簡単な解説と注意事項を話し、のんびりでいいよ、と声を掛けて、まずは本殿を目指して歩き出した。

結論から言えば、山道は思ったよりも厳しくはなかった。
奥の院参道に進むと周囲に倒木を切り倒したあとが目立ち、台風被害の爪痕を感じたが、整備の直後ということもあるのか、むしろ以前より歩きやすい気がした。途中、「鞍馬寺」と書かれたカバンを持って登山道の点検をしている男性と行き会った。さすがに身軽で、休憩する我々をすいすいと追い抜いていった。

学生たちの反応はさまざまで、きれいな形のドングリを拾って喜ぶ余裕のある者、大きく遅れて息を切らしている者。日ごろ運動不足で、血行が急に良くなって足がかゆい、と言いだす学生もいた。
それでも学外を歩くような講義は久しぶりで、会話しながらの登山が楽しかったという声が多かった。

貴船神社から貴船口駅まで下って来ると、もう日没が近く、風が冷たかった。
帰りの電車内で学生たちと一乗寺のラーメン激戦区について話していたら、一人が早速食べに行くと下車していった。気軽に食事を楽しめる、日常は戻っているのだろうか。

気づけばこのリレーエッセーの担当も、あと半年弱。先月、大森静佳さんが卒業されたので、私が参加したときのメンバーは全員代わってしまったことになる。
時間が止まったようなパンデミックの間も季節はめぐるし、変わっていく。変わって、少しは良くなったのだろうかと自問する。(俳人)

2021年11月30日火曜日

【転載】京都新聞2021年10月12日掲載 季節のエッセー(26)

 「子ども時代」

ずいぶん日の入りが早くなった。

今年は外出の機会が少なかったからか、あるいは雨が多かったせいか、例年のような猛暑を感じる間もなく、風が涼しくなってきた。気付けばベランダの朝顔も勢いを失っている。

 すっかり秋だ。

ところでネンテン先生こと坪内稔典氏によれば、季節の変化を意識するのは実はとても不自然な行為だという。
子どもは季節の変化に驚いたり、感動したりはしない。それが自然だ、というのだ。人が季節を意識するようになるのは、環境に影響され、気力の衰えを自覚する中年以降だそうである。

俳句をやっていると普段でも季語を意識することが多いが、自然なこと、ではないかもしれない。たしかに子ども時代は、数ヶ月単位で周りの風景を観察して、変化に気付くといったことがない。目の前のことに一生懸命で、それどころではないからだ。

そういう私は極端に物心がつくのが遅く、子ども時代の記憶があいまいなのだけれど、子どものころは歩くのがとても遅かった。
遅いというより、歩かないらしい。
立ち止まっては石を拾い、よそ見をして脇にそれ、座り込んでおしゃべりを始める。幼稚園までの送り迎えで、大人の足なら片道十五分か二十分ですむ道を、母は二時間以上かけて付き合っていたそうだ。

そのころの断片的な記憶のひとつが、幼稚園の近くにあった「ライオンのいる家」のことだ。

その家には大きな庭があり、石垣の透き間から、中をのぞくことができた。
その庭の奥に大きな檻があって、一度、かすかに茶色い獣の背中が見えたのだ、たしか。

それからは毎日、庭をのぞきこむのが日課になった。しかし檻の中になにかいる気配はするものの、姿をしっかり見ることはできなかった。

もちろん本当にライオンだったかどうかは、今ではよくわからない。
いや、おそらく当時から、本当にライオンだとは思っていたわけではなかった。
ライオンならどうしよう、ライオンかもしれない、ライオンだったら面白い。人目や常識より、その面白さを優先してしまう。
たとえその正体が、ただの大型犬だったとしても、あの時代、「ライオンの家」は、毎日の楽しみだった。(俳人)

【転載】京都新聞2021年9月6日 季節のエッセー(25)

 「秋の虫」

書斎で仕事をしていたら、パサッと音がして、何かが目の前に落ちてきた。
よく見ると積み上げた書類の端に、黒、というより焦げ茶色の小さな虫。
どうやら開けていた窓からコオロギが入ってきたらしい。
部屋の明るさに驚いているのか、じっとしたままなので、ポリ袋でつまみあげ、ベランダに逃がした。

それから三日ほど、「彼」は我が家のベランダで、夜になると盛大に鳴き声を響かせていた。
「リッ」に濁音がついたような短い音を連続でくり返し、ほとんど休まない。だいたい夜の七時から鳴きはじめ、夜中は鳴きっぱなし、朝には止んでいる。
イソップ童話ではアリと対比されて音楽好きの怠け者になっているが、身近にいるときわめて勤勉だし、定時労働である。
いや、イソップ童話はキリギリスだったか。

鳴き声をたよりにネットで検索してみたところ、オカメコオロギの一種ではないかと思う。移動したのか、力尽きたのか、「彼」の鳴き声はいつの間にか止んでしまったが、前途に幸多かれと願う。

コオロギを漢字で書けば蟋蟀。音読みすれば「しっしゅつ」。
見た目にはやたらとヒゲが多い字で、小さく引き締まったバッタ的な姿に、通じるような、そうでもないような。
「悉」も「率」も羽音をあらわす音の字を虫偏と組み合わせた、いわゆる形声文字で、特に意味はない字らしい。辞書には、古くは今でいうコオロギを「きりぎりす」、キリギリスを「こほろぎ」と呼び、「蟋蟀(しっしゅつ)のきりぎりす」という言い回しがあったとされる
あるいは、「こほろぎ」は秋に鳴く虫の総称とう。

そういえば秋の歳時記にはチャタテムシという虫も記載されている。
ダニかシラミに近い小虫で室内のカビを食べるそうだが、障子などにとまって体をこすりつけ、お茶を点てるような音をたてるらしい。歳時記ではもうひとつ「小豆洗い」の異名があり、やはり音にちなむそうだ。
これは同名のお化けがいて、谷川や井戸端で、誰もいないのに小豆を洗う音が聞こえるという話が全国に伝わる。
出没場所も異なるし、お化けの正体が虫だというわけではなく、カサカサいう音を「小豆を洗う音」に聞きなす心性が共通しているのだろう。
秋の音もさまざまだが、聞く人の側が、それぞれに空想を広げてきたわけだ。(俳人)

コオロギの出自は妖怪研究家 小西雅子 青松虫の女「窓と窓」

2021年8月30日月曜日

【転載】京都新聞2021年8月2日 季節のエッセー(24) 

 「お化けの季節」

パンデミック前の二〇一九年、南座で通し狂言『東海道四谷怪談』を初めて観た。
健気な貞女から、追い詰められて幽霊へ変貌するお岩の凄惨さが印象的だった。

怪談話が夏の風物詩になったのは、江戸時代後期には、お盆の時期に怪談芝居を演じることが多かったからだといわれる。その理由も、冷房もない狭い芝居小屋では客を呼ぶことが難しく、大物ではない若手や助演格の役者で実験的な芝居を掛けることが多かったからだという。
本物の水(本水(ほんみず))を使った見せ場や、戸板返しなどの手法は、そうした夏芝居の苦境から生まれた奇策だそうだ。
私のように季節を問わずお化け話を追いかけているとあまり気にしないのだが、世間では怪談に準じて「お化けといえば夏」という常識が定着しているようで、夏に合わせてお化け関連のイベントや特集が増える。
今年はありがたいことに、某俳句誌から、八月号の特集として「異界を詠む」という特集記事の依頼をいただいた。(*)

好きな分野なので以前から注目していたが、お化けに関する俳句は案外、冬の句が多い。雪女、狐火は冬の季語だし、(こがらし)や天狗が築く一夜塔 泉鏡花」のような句もある。凩の吹く寒夜に神通力を発揮する天狗。江戸趣味を愛した幻想小説家らしい句だ。

もちろん冬限定ということはない。坪内稔典著『季語集』では夏の季語に「河童」をあげている。芥川龍之介の命日、河童忌のイメージもあるだろう。
河童は江戸時代から人気者で、先の特集ではふれられなかったが、現代川柳の川上三太郎にも、河童をテーマにした連作がある。「満月に河童安心して流涕(なみだ)」「君を得て踊るよルムバルムバ河童」「この河童よい河童で肱枕でころり」と硬軟とりまぜて自由自在な詠みぶりが楽しい。

今回発見だったのは、中勘助にお化け俳句が多かったこと。全集をめくると、決して多くはない俳句作品のなかに「夜がらすやうぶめさまよふ山の町」のような不気味な句がある。夜がらすは、夜に悪声で鳴くゴイサギのこと、うぶめは難産で死んだ女性の霊だから、これは夏の一句か。
他にも謡曲や昔話から着想したらしい
「山姥の木の葉のころも秋の風」「諸行無常茶釜は一夜狸なり」のような句がちらほら。中勘助も、季節を問わずお化けを好んでいた仲間らしい。

*『NHK俳句』2021年8月号にて、特集「異界を詠む ~妖怪と俳句の世界」という記事を担当、解説と例句鑑賞、年表作成などを行いました。


2021年8月11日水曜日

【転載】京都新聞2021年6月28日 季節のエッセー (23)

 「座」

おかげさまでオンライン三昧である。
先日は、この数年研究が盛り上がっている『徒然草』に関するシンポジウムに参加した。全国から三〇〇人以上が視聴したそうだ。
小川剛生氏らの研究によれば、作者の兼好法師はもと関東の武士出身と考えられるが、京都で土地を購入するなど生活基盤を安定させ、歌人や能書家として、積極的にいろいろな人々と交際していたそうだ。「遁世者の文学」とか「無常観の美学」といったイメージがずいぶん変わってしまうが、当日はそうした実態をふまえつつ、古典や仏教思想に通じた文章をどう読むかが議論され、月並だが刺激的なシンポジウムだった。
その前週は、所属していた俳句グループ「船団」のイベントがあった。「船団」は、ネンテン先生こと坪内稔典氏が中心の俳句グループだったが、二〇二〇年六月をもって解散(ネンテン先生いわく「散在」)になり、記念イベントが昨年開催される予定だったもののパンデミックの影響で延期になり、さらに今年もオンラインになった。
なお、今回は旧「船団」会員の句を集めた本の出版記念会という位置づけで、解散記念の集会は改めて来年、企画されるらしい。
当日は、テレビ会議アプリでつながった参加者がネンテンさんの指名で順番に発言し、近況を報告した。
同じ会員とはいえ、ほとんどつきあいのなかった人が多いのだが、久々に会う人が意外な活動をしていたり(あの人演劇やってたんだ、エキストラで出てたならテレビで見てたかも・・・)、誌面で名前しか知らなかった人を初めて認識したり(女性だったのか・・・)、なんだかんだと楽しいひとときだった。
遠方から、大人数が、仕事の合間にも集まれる。ネットツールのありがたさはこの一年でよくわかった。
そのうえで、当初から感じていた人恋しさはぬぐえない。
一人一人の話を聞くにはいいが、隣でこそここそと交わす雑談がない。相づちも、応答も、どこか遠い。やはり、人と顔を合わせ、言葉を交わすことは、人間にとって原初的な娯楽らしい。
俳句は座の文芸といわれる。俳句だけでなく歌人や俳人たちは一座を共にして詩歌を詠み、交流してきた。交流の形は時代によって変わるだろうが、果たしてこれから、どんな形になっていくだろうか。

2021年8月3日火曜日

【転載】京都新聞2021年5月24日 季節のエッセー(22)

「電車時間」

大学のはじめの二年間は、京都の南端にあるキャンパスに通っていた。

神戸の実家から大学の最寄り駅まで、電車に乗って二時間、さらにキャンパスまでは坂道を十数分かけて登っていた。

この電車時間、慣れてくると時間配分を考えるようになった。

まず神戸から大阪までは人が多くて座れないので本を読む時間。一度路線を乗り換え、大阪からだんだん人が少なくなってくると着席のチャンスだ。サラリーマン風の男性は北新地周辺で降りることが多いので狙い目。
それからはリラックスして、本を読んだり、目を閉じて居眠りをしたり。語学の授業前には必死で予習をしていた。準備が悪いのは今も変わらない。

京橋を越え、東大阪のあたりを走るころには読んでいた本も片づけて、たいてい眠りに落ちている。
当時は大学最寄り駅のひとつ手前で車両の切り離しがあり、乗客が入れ替わる気配とガタン、という衝撃でやっと目を覚ます。
前の車両に乗っていれば乗り換えの必要はないが、後列から乗ってきた客をふくめ、車両のほとんどが学生で埋まっていく。
次の駅で一斉に下車して、改札口へ向かう学生の群からいったん外れ、目を上げると駅の周りには田畑が広がっている。小鳥の囀りを模した駅のチャイムを聞きながら、混雑が落ち着くまで少し息を整えた。

投句の締切が近くなると、登下校の時間は句作りに充てられる。
キャンパス内の緑。
蛙の合唱。
旋回する子燕。
夏鶯の、春とは違う朗々とした鳴き声も意識するようになった。
歳時記に「老鶯」という季語があるが、実際ののびやかな鳴き声とのギャップに違和感があってうまく使えなかった。

朝は眠たくて景色を見る余裕はなかったが、帰路、乗客もまばらな時間帯に、広い車窓から沈む西日を眺めるのが好きだった。
夕日、夕焼けを季語と認めるかどうかは賛否あるようだが、日の入りが一番見事なのは、やはり夏だろう。「夏は夜、秋は夕暮れ」という清少納言には、反論しておきたい。

多くの人は、俳人は自然の風景に感動して季節の詩を詠むと思っているだろうが、実は少し違う。
少なくとも私は、季語の知識から自然を見るようになった。はじめに言葉ありき。
そして季語をふくめた言葉を更新するため、俳句を詠んでいるのだ。