2021年8月11日水曜日

【転載】京都新聞2021年6月28日 季節のエッセー (23)

 「座」

おかげさまでオンライン三昧である。
先日は、この数年研究が盛り上がっている『徒然草』に関するシンポジウムに参加した。全国から三〇〇人以上が視聴したそうだ。
小川剛生氏らの研究によれば、作者の兼好法師はもと関東の武士出身と考えられるが、京都で土地を購入するなど生活基盤を安定させ、歌人や能書家として、積極的にいろいろな人々と交際していたそうだ。「遁世者の文学」とか「無常観の美学」といったイメージがずいぶん変わってしまうが、当日はそうした実態をふまえつつ、古典や仏教思想に通じた文章をどう読むかが議論され、月並だが刺激的なシンポジウムだった。
その前週は、所属していた俳句グループ「船団」のイベントがあった。「船団」は、ネンテン先生こと坪内稔典氏が中心の俳句グループだったが、二〇二〇年六月をもって解散(ネンテン先生いわく「散在」)になり、記念イベントが昨年開催される予定だったもののパンデミックの影響で延期になり、さらに今年もオンラインになった。
なお、今回は旧「船団」会員の句を集めた本の出版記念会という位置づけで、解散記念の集会は改めて来年、企画されるらしい。
当日は、テレビ会議アプリでつながった参加者がネンテンさんの指名で順番に発言し、近況を報告した。
同じ会員とはいえ、ほとんどつきあいのなかった人が多いのだが、久々に会う人が意外な活動をしていたり(あの人演劇やってたんだ、エキストラで出てたならテレビで見てたかも・・・)、誌面で名前しか知らなかった人を初めて認識したり(女性だったのか・・・)、なんだかんだと楽しいひとときだった。
遠方から、大人数が、仕事の合間にも集まれる。ネットツールのありがたさはこの一年でよくわかった。
そのうえで、当初から感じていた人恋しさはぬぐえない。
一人一人の話を聞くにはいいが、隣でこそここそと交わす雑談がない。相づちも、応答も、どこか遠い。やはり、人と顔を合わせ、言葉を交わすことは、人間にとって原初的な娯楽らしい。
俳句は座の文芸といわれる。俳句だけでなく歌人や俳人たちは一座を共にして詩歌を詠み、交流してきた。交流の形は時代によって変わるだろうが、果たしてこれから、どんな形になっていくだろうか。

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