2021年7月31日土曜日

過去作「絵の群」

 

2020年2月、第12回船団賞応募、1票も入らず。

この年船団は「散在」したので、最後の応募作。


「絵の群」

久留島元 

1.      絵の群をかきわけ春はまだ来ない

2.      春隣似顔絵描きのペンの先

3.      笑い絵の隅に小男少し春

4.      聖マリアみんながふんできた踏絵

5.      鯰絵と落花と丘に埋めておく

6.      メーデーはポンチ絵特集号のなか

7.      牛蛙墨絵の裏で動かない

8.      蛇が来て舌で油絵を削る

9.      切り絵ちかちか琉金きらら

10.   地上絵を灼く炎帝が力づく

11.   ぬばたまの塗り絵の茄子を懸命に

12.   箱庭か砂絵でしかないぼくんち

13.   光とか月とかまるで水絵です

14.   危な絵のなかも紫朝顔も

15.   いなびかり岩絵は祈りまたは意志

16.   古絵巻の鬼が秋気に乱舞です

17.   虫の声影絵の犬はもう古典

18.   紅葉かつ散れば錦絵忍者の死

19.   山遠く鉄絵火鉢に帰る雁

20.騙し絵の画廊主人のクリスマス




2021年6月21日月曜日

【転載】京都新聞2021年5月24日 季節のエッセー(21)

 「春の夢」

やらかした。

と思う、ような夢をみることがある。

そこはどうやらホテルのようだった。
家族が集まって、ちょっと高級な食事をするつもりらしく、祖父母や、親戚が集まっている気配を感じていた。
ひとつ上の階へ行くため、みんなはエスカレーターに乗ったのに、私は一人で大きな階段に向かい、なぜか階段の手すりより外側に足をかけて上がりだした。
もちろん三十半ばを過ぎてそんなことをするわけがない。
ああ、これは幼いころの夢だ。
おどけたことをしたかったのか、どんどん登っていって、気付いたら、前に柱があって進めなくなっていた。まずい。高くて飛び降りることもできないし、ああ、やらかした、どうしよう。調子に乗るから失敗したんだ、やらなきゃよかった。後悔しながら、ふと、

(でも夢だから、あきらめてもいいか)

と思った。
そこで私は階段から足を踏み外し、ゆっくり下へ

そこで目が覚めた。
落下の奇妙な浮遊感と不快感が残っていた。妙にものわかりのよく、しかも後味の悪い夢だった。

先日、あるところで夢に関する取材を受けた。
質問は、昔の人々は夢をどうとらえていたかというもので、夢で神仏に出会う話や、バクがいつから悪夢を食べると信じられているのか、という解説をした。

そのついでに、自分の夢についても考えてみたが、あまり記憶にない。夢のなかで夢だとわかっていて、起きてすぐ内容のばかばかしさに忘れてしまうことがほとんどだが、どうも幼いころ住んでいたマンションを舞台にした夢をみることが多いように思う。
その家からは高校生になって引っ越したのだが、なぜか大人になっても同じ家にいて、大学時代の先輩と話をしていたり、友人と口論になったりして目が覚めるのだ。

現在の科学で夢は、記憶を整理、定着させるプロセスだと説明される。だから時系列が乱れるのは大変わかりやすい。いつも舞台が一緒だということは、あの家が私の原風景ということになるのかもしれない。

せわしない新年度になって、また失敗の夢を見そうだ。
不安な思いは夢の中だけにしたいが、今回のエッセーは、締め切りを大幅に遅れてしまって、ついに夢に見たことを白状しておく。


関連リンク

読売KODOMO新聞 【俺はググらない】どうして人は夢を見るのか 久留島元さん「昔の人は夢を買ったり盗んだりした…?」

優夢氏、その節はありがとうございました。

2021年6月11日金曜日

【転載】京都新聞2021年3月16日 季節のエッセー(20)

 「ダブリンの桜」

飛行機にさえめったに乗らない私が、数年前の春、アイルランドへ行った。
観光ではなく、ダブリンの博物館が所蔵する日本の絵巻物コレクションの調査旅行に誘っていただいたのだ。
唯一のヨーロッパ経験がアイルランドというのも珍しいだろう。
関西国際空港からドバイ経由で二十時間余、古城と妖精伝説、そしてギネスビールの街だ。

ダブリンへ向かう飛行機で、隣に座っていた女性が話しかけてきた。
チャイニーズかジャパニーズか、と聞いているらしい。
ジャパニーズ、と答える。
ご多分に漏れず、私も英会話のできない日本人だ。何度も聞き直し、単語を並べて応対する。
どうやら女性の娘は日本でアートを学んでおり、東京に行ったことがあるようだ。たしか、ダブリンは寒いが雪は少ないとか、日本は雪が降るとか、そんな会話をした。しっかり答えられないことに罪悪感を覚えつつ、長い空の旅で、早速短い国際交流を経験したのだった。

ダブリンのホテルに着くと、庭で桜が咲いていた。
日本より開花がはやい。
アイルランドは暖流の影響で気候が穏やかだと、ガイドブックにも書いてあった。なるほど、雪も少ないのだろうと、女性の話を思い出した。

まだ夕方だったのでホテルを出て、石畳の町並みを歩いた。
大きな川の河口に近く、歴史的な観光名所も多いので、なんとなく小樽を思い出す。
街の本屋には、アイルランド出身のワイルドやジョイスの関連本が並んでいた。
コンビニのようなお店に入り、パンと飲み物を買ってホテルの部屋で食べた。

翌日から、ダブリン城の敷地内にある博物館で調査が始まった。
調査と研究報告、現地の研究者との交流会、そして、パブでの打ち上げ。数日しかない滞在期間はめまぐるしく過ぎた。

ある日の打ち上げの最中、現地で合流した同世代の友人から、春画をプリントした店を見たと聞いた。散歩しても見当たらなかったよと答えたが、あるはずだという。

その夜、ホテルまでの帰り道で、店を発見した。
日本食を出すらしいイザカヤで、北斎の春画を拡大プリントしたカーテンを下ろしていたのだった。なぜか柱には、中日新聞のロゴが貼られていた。
春の夜は、やはりまだ少し肌寒かった。


※文中登場するイザカヤさんは、
Yamamori Izakayaという名前で、日本風の居酒屋として観光客にも有名なお店です。

※ついでにダブリンの思い出を書いておくと、観光名所も行政も一箇所に集まっているところなので、きれいで住みよい感じ。治安が悪い時期もあったそうですが、私の行ったときはまったくそんな雰囲気はなく、物慣れない観光客にも優しい、歴史と文化を感じさせる素敵な街でした。ただ、夜はイカつい警備員さんがお店に出ていて、つまりそういう不安もある程度あるってことかな、と。
週末盛り上がったバーでビートルズがかかり、店中が合唱、これはもうお開きか、と思っていたら同じテンションのまま次の曲が始まり、店中歌い続ける。そんな楽しい空間も味わいましたが、パンデミックであのへんも大変だっただろうな。

2021年5月25日火曜日

木田智美『パーティは明日にして』(書肆侃侃房)

 

2021年5月4日火曜日

塩見恵介『隣の駅が見える駅』を読む

朔出版、 著者の第3句集。

帯の惹句に「平成を駆け抜けた「船団」時代を総決算」とある。文字どおり「船団」解散にあわせて、新たな旅立ちという思いの籠もった一冊ということだろう。
構成が変わっている。二章構成で、Ⅰ 四月のはじめ~八月のおわり、Ⅱ 九月のはじめ~三月のおわり、となっていて、後書きにあるとおり、句作の現場であった大学の二期制にあわせたもの。

まずはざっと目に付いた句を。

#STAY HOME スイートピーが眠いから  Ⅰ

レタスから夢がこぼれているところ

犬動画見て猫動画見て日永

縄文の空に野生の虹を飼い

ポケットにいつの胃薬夏の月

女子力の高い団扇の扇ぎかた

中年は急にトマトになるのかも 

世の中をちょっと明るくする水着

廃船に汽笛の記憶草いきれ

ぷかぷかを悩む水母に陽が届く

いちじくはジャムにあなたは元カレに  Ⅱ

月ノ出ルアッチガマンガミュージアム

橋を焼くように別れて芒原

むく鳥は空消した消しゴムのかす

消化器のなかが霧笛であったなら 

コロッケのぬくさは正義冬めいて

虚子以後を小さなくしゃみして歩く

熱燗のそれぞれに貴種流離譚

初夢がめっちゃ良くなるストレッチ

燕来る隣の駅が見える駅

中高で専任教員として多忙を極めるなか、京都の女子大学で講師体験が長いせいか、ターゲットのみえる句が散見される。
日常的な「あるある」で笑いを取りにいっているような句も多く、機知と日常詠が本集の基調をなしているといえる。そのなかで「胃薬」「熱燗」の句は「中年」の現実といえるかもしれない。
そうした日常詠が多いなかで注目できるのは、「縄文の空」「廃船に」「橋を焼く」「むく鳥は」「消化器の」のような、ロマンティックな見立ての句だ。壮大さと繊細さが同居していて、作者の詩質が本質的に叙情にあることを思わせる。
「ぷかぷかを悩む水母に陽が届く」は、作者の想像力と日常的ユーモアの、中間的位置づけかもしれない。一見軽いが、「陽が届く」の優しい明るさが心地よい。

見逃せないのは、

白南風は地球の欠伸モアイ像  Ⅰ

爽やかや象にまたがる股関節  Ⅱ

印度全土の全印度象嚔

耕して地球にファスナー付けてゆく

蒲公英を咲かせて天と地の和解

などの、地球規模の視点をもった句。どれも壮大な比喩、想像力で気持ちが良い。

アウンサンスーチー女史的玉葱S   Ⅰ

びわゼリーちょっとセリヌンティウス風 

固有名詞を「~的」「~風」で形容詞に使う手法は船団のなかでも一時流行したが、解釈の幅が自由すぎて成功例は少ないように思う。
「アウンサンスーチー女史」は、何故か女史という敬称が必ず付けられる違和感とともに「玉葱S」の謎が重ねられていて、ちょっと複雑な句である。

それから、本集には一時期作者が集中して作っていた「雪女」の句がわずか二句(牛乳のちょっと混じった雪女、眼鏡だけ残して消えし雪女)しか収録されていなかったが、その代わりでもなかろうが宗教・オカルトめいた句がいくつかある。

守護霊がおられるのですビールに泡

サイダー、サイダァー、ってずっと言うイタコ

秋澄んで石触ったり拝んだり

風刺的ではあるものの否定的ではないあたりが作者の愛情かもしれない。

後書に「幼小中高大学生という年下の方々と教育現場で、あるいは、地域の若い社会人や熟した人生を送られている先達の方々とカルチャーセンターで」作られた句をまとめたという。著者の多忙ぶりは、私も仄聞するばかりだけれど、おそらく日本で一番バラエティゆたかな年齢層と句座を重ねている作家ではないだろうか。
表現に野心的な専門家が集まる句会ではなく、さまざまな年齢の人々と交流するなかで生まれた句集であるということが、現代俳句の、ある意味ではもっとも実践的な場で磨かれた表現でありうるということを実感させられる。


2021年3月26日金曜日

天狼を読む会


雑誌、天狼のバックナンバーを読む会が発足しました。

雑誌「天狼」は、山口誓子を中心に、西東三鬼、橋本多佳子らが集い、戦後まもない昭和23年1月に刊行されました。
誓子は巻頭言で「天狼」を「友情的俳句雑誌」と規定しながらも「酷烈なる俳句精神」「鬱然たる俳壇的権威」を備える雑誌を目指すと宣言し、そのとおり戦後俳句をリードする俳句雑誌に成長します。
やがて「天狼」やその僚誌からは、永田耕衣、細見綾子、鈴木六林男、鷹羽狩行、辻田克己、上田五千石といった人びとが育ちました。

神戸大学山口誓子記念館には、「天狼」創刊号から終刊号までのバックナンバーがそろっています。この貴重な資源を生かすため、「天狼」を読む会を発足しました。
現在、毎月1回オンラインで、1号ずつ雑誌を読んでいく読書会をおこなっています。
参加者の興味関心に応じて作品や散文についての感想、意見を交換する勉強会で、研究者、実作者、学生や社会人などいろいろな人が集まっています。

「天狼」を読む会に興味がある、参加したい、という方がいましたら、亭主(久留島)宛にご連絡ください。zoomの招待メールと、資料をお送りします。

 CQA21226◎nifty.ne.JP(◎を@に、JPを小文字に変換してお送りください)

次回は、5月8日(土)13:30~、「天狼」3号の内容を読む予定です。


本日三月二十六日は、山口誓子(1901-1994)の命日でした(すっかり忘れていました)。

誓子が亡くなった翌年が阪神大震災で、住む人もいなかった誓子の住居は全壊しました。
誓子の義弟(妻、波津女の弟)の紹介により、誓子・波津女の遺産はすべて神戸大学に寄付され、同時に蔵書や著作権を大学が一括して管理し、今後の俳句研究の拠点として整備することになり、住居の一部も大学が復元移築しています。


2021年3月16日火曜日

【転載】京都新聞2021.02.08季節のエッセー(19)

 「置き忘れ」

 忘れ物が多い。

特に、傘の置き忘れ。誰しも一度は覚えがあるだろうが、私の場合、残念ながら一度や二度ではない。

二年ほど前になるが、電車に乗ったところで長傘を書店に置き忘れたことに気づいた。幸い、店主とは親しかったのでSNSで連絡しようと思った、そのとき。驚くべき事実に気がついてしまった。
なんと、「傘を忘れたので、後日取りに行きます」という連絡を、その一年半ほど前、同じ店に入れていたのだ。

しばらく迷ったが、恥を忍んでまったく同じ連絡を入れた。
店主は笑って保管しておいてくれ、後日取りに行くと「こんなこと滅多にないから、笑い話にしたほうがいい」とアドバイスをくれた。
スマホには履歴が残るが、私のほうは進歩がない。

いま使っているものの中では妻からもらった名刺入れが、比較的長持ちしている。あちこちで置き忘れたが、名刺のほかにポイントカードなど個人情報をたどれるものが入っているので、万が一置き忘れてもすぐに気づいて、慌てて取りに戻る。
個人情報といえば、一度、携帯を新幹線のホームに置き忘れたときには、東京駅の忘れ物係から郵送してもらった。

ちなみに鉄道で多い忘れ物のランキングは、例年傘が第一位。年間数十万本が廃棄されるという。もちろん携帯やスマホ、意外と現金も上位に入るそうだ。
冬から春先にかけてよく見かける落とし物といえば、マフラーや手袋。
ガードレールや電柱に結びつけてあるのもしばしば目にする。道で拾った人が目立つように配慮したのだろう、同じ道を行きかう人同士の、無言の会話のようなもの。
いかにも俳人好みの素材だと思うが、成功した句を見たことがない。誰もが目に留めることをオリジナルな表現で言い止めるのは至難の技なのだ。
なくすことが多いせいか、物への愛着は薄くなりがちだ。
文筆業の人だと筆記用具に愛着をもつ人も多いのだろうが、私はなくしたらあきらめて同じメーカーの品を買い直してしまう。
たとえば私が死んだあとも、思い出深い愛用の品というものはたぶんあまり残らない。
以前は我ながら寂しい気もしたが、もしかすると、とても潔いことかもしれない。
そう思うとちょっと愉快な気もする。


※追記。ちなみに、文中に登場する「書店」さんは、葉ね文庫さんである。
※追記。このエッセーを読んだ姉から、「私が東京駅に携帯を行った気がする」といわれた。そういえばそんな記憶がある。
証明が必要だから直接取りに行かないといけないと言われて、取りに行ってもらったのかもしれない。そうすると、郵送してもらったのは姉から郵送してもらったことになるので、上の記憶はやや間違いがある。