続き。
山口波津女(やまぐち・はつじょ)
明治三九年、大阪生まれ。父は浅井啼魚、夫は山口誓子。「ホトトギス」「馬酔木」を経て「天狼」「七曜」に参加。句集『良人』『天楽』など。昭和六十年没。
- 風邪ひきし夫のあはれさかぎりなし
- 手毬つく髪ふさふさと動きけり
- 風船を居間に放ちて冬籠
- 曼珠沙華夫は見しとふ羨し
- 油虫われを嫌がらせて走る
- 愛情は泉のごとし毛糸編む
- 聖菓切るキリストのこと何も知らず
- 香水の一滴づつにかくも減る
- 男の雛の袖の中にて女雛立つ
- 読み初めの一頁より女不幸
- 水中花何の花とも云ひ難し
- 見れば必殺す油虫あはれなもの
- 油虫今宵は月の光に飛ぶ
- 扉をあけて青赤のもの冷蔵庫
- 嬰児(えいじ)を抱けば毛糸のかたまりよ
- 過去多くなりぬショールに顔うづめ
- 百足虫など神何故に創られし
- 暗闇で悪を働く油虫
- なほ高き方へゆかんと揚羽蝶(あげはちよう)
- 白桃を手に持つこころやさしくし
長谷川素逝(はせがわ・そせい)
明治四〇年、大阪生まれ。昭和八年「京大俳句」創刊にくわわり、のち「ホトトギス」同人。旧制甲南高校教授。句集『砲車』『村』『暦日』など。昭和二一年十月没。
- つち風のあらしもくもくもくと兵らゆく
- 凍土揺れ射ちし砲身あとへすざる
- ぎじぎじと熱砂は口をねばらする
- さくらはやかたき小さき芽をもちぬ
- 秋白く足切断とわらへりき
- 沙羅の花深山の空のしづけさに
- 夜光虫燃えてさびしや佐渡さらば
- いちにちのたつのがおそい炉をかこむ
- 馬ゆかず雪はおもてをたたくなり
- あたたかくたんぽぽの花茎の上
- いちまいの朴(ほお)の落葉のありしあと
- おぼろめく月よ兵らに妻子あり
- さよならと梅雨の車窓に指で書く
- ふりむけば障子の桟に夜の深さ
- 円光を着て鴛鴦(をしどり)の目をつむり
- 春の夜のつめたき掌なりかさねおく
- 連翹(れんぎよう)の雨にいちまい戸をあけて
- すかんぽのひる学校に行かぬ子は
- 二月はやはだかの木々に日をそそぐ
- しづかなるいちにちなりし障子かな
桂信子(かつら・のぶこ)
大正三年、大阪市生まれ。日野草城に師事する。昭和四五年「草苑」を創刊主宰。句集に『月光抄』『女身』『晩春』など。平成一六年没。
- ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ
- クリスマス妻のかなしみいつしか持ち
- やはらかき身を月光の中に容れ
- ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
- ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
- 窓の雪女体にて湯をあふれしむ
- さくら散り水に遊べる指五本
- ひとり臥てちちろと闇をおなじうす
- 虫しげし四十とならば結城着む
- 山超える山のかたちの夏帽子
- 野遊びの着物のしめり老夫婦
- 老人に石のつらなる秋祭
- 鯛あまたゐる海の上盛装して
- 母のせて舟萍(うきくさ)のなかへ入る
- きさらぎをぬけて弥生へものの影
- ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く
- 地の底の燃ゆるを思へ去年今年
- たてよこに富士伸びてゐる夏野かな
- 冬麗や草に一本づつの影
- 桶の底なまこに骨のない不安
波多野爽波(はたの・そうは)
大正一二年、東京都生まれ。祖父、波多野敬直はもと宮内大臣。京都帝国大学卒。「ホトトギス」同人、「青」創刊主宰。句集に『舗道の花』『骰子』など。平成三年没。
- 鳥の巣に鳥が入つてゆくところ
- 砂日傘さつきの犬がまた通る
- 滝見えて滝見る人も見えてきし
- 下るにはまだ早ければ秋の山
- 冬空や猫塀づたひどこへもゆける
- 地に円を描きある中に蜂とまる
- 金魚玉とり落しなば舗道の道
- 本あけしほどのまぶしさ花八つ手
- 地下のバーにいて凍鶴といま遠し
- 釣堀の四隅の水の疲れたる
- 青柿の夜々太りつつ星は気儘
- 吾を容れて羽ばたくごとし春の山
- 炬燵出て歩いてゆけば嵐山
- 探梅へ黒子も雀斑の人も
- 天ぷらの海老の尾赤き冬の空
- 雪うさぎ巫女二人仲睦まじく
- 骰子の一の目赤し春の山
- 大根買ふ輪切りにすると決めてをり
- チューリップ花びら外れかけてをり
- 寺にゐてががんぼとすぐ仲良しに
赤尾兜子(あかお・とうし)
大正一四年、兵庫県生まれ。大阪外語専門学校時代の同級に司馬遼太郎。戦後、京都大学在学中に「太陽系」同人。のち「渦」創刊主宰。句集『蛇』『虚像』。昭和五六年没。
- 萩桔梗またまぼろしの行方かな
- 青葡萄透きてし見ゆる別れかな
- 年用意われには胸に隠す遺書
- 霧の夜々石きりきりと錐(きり)を揉む
- 音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢
- ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥
- 機関車の底まで月明(あきら)か 馬盥(うまたらい)
- 帰り花鶴折るうちに折り殺す
- 嬰児(えいじ)泣く雪中の鉄橋白く塗られ
- 子の鼻血プールに交じり水となる
- さしいれて手足つめたき花野かな
- ゆめ二つ全く違ふ蕗のたう
- 狼のごとく消えにし昔かな
- まなこ澄む男ひとりやいわし雲
- 近海へ入り来る鮫よ神無月
- 大雷雨鬱王と合ふあさの夢
- 未知の発音尖る陸橋の白い茸(たけ)
- 柿の木はみがかれすぎて山の国
- 白い体操の折目正しく弱るキリン
- 海胆(うに)割るに崩れたちまち痩せにけり
田中裕明(たなか・ひろあき)
昭和三四年、大阪市生まれ。京都大学工学部卒。波多野爽波に師事し、「青」同人。平成一二年「ゆう」創刊主宰。平成一六年、白血病により死去。四五歳。句集『先生からの手紙』ほか。
- この橋は父が作りし?しぐれ
- 大学も葵祭のきのふけふ
- 沈丁花冥界ときに波の間に
- 鉋(かんな)抱く村の童やさくらちる
- 悉(ことごと)く全集にあり衣被
- いちにちをあるきどほしの初桜
- 朝刊に雪の匂ひす近江かな
- 渚にて金澤のこと菊のこと
- なんとなく街がむらさき春を待つ
- 麦秋と思ふ食堂車にひとり
- 春昼の壺盗人の酔ふてゐる
- 母の耳父の耳よりあたたかき
- 春昼の壺盗人の酔うてゐる
- みづうみのみなとのなつのみじかけれ
- 寒き夜や父母若く貧しかりし
- 人の目にうつる自分や芝を焼く
- をさなくて昼寝の国の人となる
- 水遊びする子に先生から手紙
- 日本語のはじめはいろはさくらちる
- 空へゆく階段のなし稲の花
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