以前、「俳句ラボ」で借り物句会をしたときに作った、関西俳人の秀句選です。
※ 借り物句会・・・自分の句ではなく、他人の句を使っておこなう句会のこと。「投句」に事前に選んだ他人の句を使う以外は、おおむね通常の互選句会と同じように選句、合評する。提唱者のひとり、千野帽子氏は「作らない句会」「スタンド句会」と名づけている。(cf.『俳句いきなり入門』NHK新書)個人の全句集やアンソロジーを参照しながら、関西ゆかりの作家の秀句20句を選んでいます。
当日は、一人につき2人ずつ、適当に配布し、手許の40句のなかから好きな句3句を投句してもらい、その後、選句・合評を行うことにしました。(選句では自分の投句した句は採らない。)
誰にどの作家が渡ったかはわからないようにしたので、自分好みの作家が来た人は20句から選ぶのも苦労しただろうし、好みでない作家は1句も選べなかっただろうと思います。
そのへんは、運です。
作家としては物故者に限定しました。スタンダードな人選のつもりですが、誓子、三鬼は有名句が多く句会向きでないと思って外しました。
とはいえ、腰を据えて誓子、三鬼を選んでみてもよかったかも知れません。
20句選くらいが、初見で選ぶには読みやすい適量だと思うのですが、やはりどうしても代表的な作品は入れておきたいとか、マニアックな句を何句入れられるかとか、選者の裁量が前面に出がち。
そうすると、せっかく紹介した先行作家のカラー(句風)がわからなくなるので、バランスは難しいところです。
私自身も準備不足で、結構前から何人かの句集を読んだりして準備していたのですが、人数を増やそうとしてアンソロジーなどに頼った作家も、ちらほら。
草城、静塔、信子あたりの作家は、平井照敏『現代の俳句』(講談社現代文庫)に拠っています。
とはいえ、「今までしっかり読んだことのない先行作家の作品に触れる機会になった」と、おおむね好評な企画でした。
改良を検討つつ、またやってみたいと思います。
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阿波野青畝(あわの・せいほ)
明治三二年、奈良県高市郡生まれ。高浜虚子に師事し、昭和四年「かつらぎ」を創刊主宰。句集は『万両』『国原』など多数。平成四年没。
- 大阪の煙おそろし和布売
- 案山子翁あち見こち見や芋嵐
- さみだれのあまだればかり浮御堂
- 葛城の山懐に寝釈迦かな
- 来しかたを斯くもてらてら蛞蝓
- 水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首
- 牡丹百二百三百門一つ
- 乱心のごとき真夏の蝶を見よ
- 山又山山桜又山桜
- 赤い羽根つけらるる待つ息とめて
- イースターエッグ立ちしが二度と立たず
- うごく大阪うごく大阪文化の日
- 独り身の蓑虫ひとりこもりけり
- 無より有出てくる空の牡丹雪
- どつかれて木魚のをどる寝釈迦かな
- 松茸は皇帝栗は近衛兵
- 今日の月一挙手一投足に影
- 球体の月を揚げたり甲子園
- ペレストロイカペレストロイカ虫滋し
- 息白しポイ捨て御免合点だ
橋本多佳子(はしもと・たかこ)
明治三二年、東京生まれ。杉田久女、山口誓子に師事、奈良日吉会館での俳句会により鍛錬。「天狼」創刊同人、「七曜」主宰。句集『紅絲』『命終』など。昭和三八年没。
- 七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ
- 母と子のトランプ狐啼く夜なり
- 雪はげし抱かれて息のつまりしこと
- 鶏しめる男に雪が殺到す
- 蛇を見し眼もて弥勒を拝しけり
- 万緑やおどろきやすき仔鹿ゐて
- 乳母車夏の怒濤によこむきに
- 南風つよし綱ひけよ張れ三角帆
- 祭笛吹くとき男佳かりける
- いなびかり北よりすれば北を見る
- 星空へ店より林檎あふれをり
- 月一輪凍湖一輪光りあふ
- 踊りゆく踊りの指のさす方へ
- ひと死して小説了る炉の胡桃
- ねむたさの稚児の手ぬくし雪こんこん
- 蝶蜂(ちようはち)の如雪渓に死なばと思ふ
- 綿虫の浮游病院の屋根越せず
- げんげ畑そこにも三鬼呼べば来る
- 九月来箸をつかんでまた生きる
- 山の子が独楽をつくるよ冬が来る
永田耕衣(ながた・こうい)
明治三三年、兵庫県加古川市生まれ。「天狼」「俳句評論」を経て「琴座」主宰。句集『加古』『驢鳴集』『殺佛』など多数。平成九年没。
- フラスコに指がうつりて涅槃なり
- 夢の世に葱を作りて寂しさよ
- 恋猫の恋する猫で押し通す
- かたつむりつるめば肉の食ひ入るや
- 朝顔や百たび訪はば母死なむ
- 母死ねば今着給へる冬着欲し
- 野遊びの児等の一人が飛翔せり
- 後ろにも髪脱け落つる山河かな
- あんぱんを落して見るや夏の土
- 泥鰌(どじよう)浮いて鯰も居るというて沈む
- 野を穴と思い跳ぶ春純老人
- 出歩けば即刻夢や秋の暮
- 淫乱や僧形となる魚のむれ
- 少年や六十年後の春の如し
- 大晩春泥ん泥泥どろ泥ん
- 千九百年生れの珈琲冬の草
- 春風や巨大放屁の物化はや
- 白梅や天没地没虚空没
- 人ごみに蝶の生るる彼岸かな
- コーヒ店永遠に在り秋の雨
日野草城(ひの・そうじょう)
明治三四年、東京生まれ。京都帝国大学卒、大阪海上火災に就職。「ホトトギス」同人を除籍されたのち「旗艦」「青玄」を主宰。句集『花氷』『青芝』など。昭和三一年没。
- ものの種にぎればいのちひしめける
- 春の夜のわれをよろこび歩きけり
- 丸善を出て暮れにけり春の泥
- 春の灯や女は持たぬのどぼとけ
- 春の夜や都踊はよういやさ
- ところてん煙の如く沈み居り
- くちびるに触れてつぶらやさくらんぼ
- 朝寒や歯磨き匂ふ妻の口
- 静けさや澄みが火となるおのづから
- 足のうら二つそろへて昼寝かな
- けふよりの妻と泊るや宵の春
- うららかな朝の焼麺麭(トースト)はづかしく
- 湯あがりの素顔したしく春の昼
- 山茶花や戦にやぶれたる国の
- かたはらに鹿の来ているわらび餅
- 切干やいのちの限り妻の恩
- 柿を食ひをはるまでわれ幸福に
- 高熱の鶴青空に漂へり
- 夏布団ふはりとかかる骨の上
- 生きるとは死なぬことにてつゆけしや
橋閒石(はし・かんせき)
明治三六年、金沢市生まれ。京都帝国大学英文科卒、神戸高商、親和女子大教授。「白燕」創刊。句集『朱明』『和栲』など。平成四年没。
- 春の雷銀のフォークを床に落す
- 露早き夜の鉛筆削りたて
- 螻蛄(けら)の夜のどこかに深い穴がある
- すいと来る夜をふかぶかと沈む椅子
- 流水に口なまぐさく寄せて飲む
- 水兵の氾濫日和レモン絞る
- 蝶になる途中九億九光年
- 席立って席ひとつ空く秋の暮
- 合歓咲くや語りたきこと沖にあり
- 萍(うきくさ)を咲かせて軽き昼夜かな
- ひとつ食うてすべての柿を食い終わる
- しばらくは風を疑うきりぎりす
- 昼の木菟(みみずく)いずこに妻を忘れしや
- 階段が無くて海鼠(なまこ)の日暮かな
- 顔じゅうを蒲公英(たんぽぽ)にして笑うなり
- 三枚におろされている薄暑(はくしよ)かな
- たましいの暗がり峠雪ならん
- 噴水にはらわたの無き明るさよ
- 時間からこぼれていたり葱坊主
- 銀河系のとある酒場のヒヤシンス
平畑静塔(ひらはた・せいとう)
明治三八年、和歌山県生まれ。本名富次郎。京都大学卒、医学博士。戦後「天狼」の論客として活躍し、俳人格説などを展開。句集『月下の俘虜』『栃木集』など。
- 滝近く郵便局のありにけり
- 徐々に徐々に月下の俘虜として進む
- 葡萄垂れさがる如くに教へたし
- 狂ひても母乳は白し蜂光る
- わが仔猫神父の黒き裾に乗る
- 鳩踏む地かたくすこやか聖五月
- 老俥夫(しやふ)や酔はねばならぬ鹿の声
- 春泥を来てこの安く豊かなめし
- 山川の中に泳ぎの人間漬
- もう何もするなと死出の薔薇(ばら)持たす
- 稲を刈る夜はしらたまの女体にて
- 青胡桃(あおくるみ)みちのくは樹でつながるよ
- えむぼたん一つ怠けて茂吉の忌
- 川ゆたか美女を落第せしめむか
- 手にゲーテそして春山ひた登る
- 細道は鬼より伝授葛(くず)の花
- この世にて会ひし氷河に嗚呼(ああ)といふ
- 命終(みようじゆう)や氷を舐(な)めてすぐ涙
- 身半分かまくらに入れ今晩は
- 雪国に雪ふるどうにもならぬこと
(続く)
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