ここ数年、某大学の講義のなかで、俳句の実作と鑑賞をとりいれている。
鑑賞の際は、自分の好きな2句を選んで、A形式的な鑑賞文、B創作的な鑑賞文、の2種類を、それぞれ400字程度にまとめるよう、指示する。
といっても、多くの学生は俳句をあまり知らないので、参考資料として私が選んだ有名句50句を提示する。
今年提示した50句は、つぎのとおり。
草の実や女子とふつうに話せない 越智友亮
るるるるるるるるるるるふるるる春る 山本たくや目の中を目薬まはるさくらかな 山口優夢
晩夏のキネマ氏名をありつたけ流し 佐藤文香
起立礼着席青葉風過ぎた 神野紗希コンビニのおでんが好きで星きれい 神野紗希闇汁のつるつる啜(すす)り麺(めん)ならず 中本真人じきに死ぬくらげをどりながら上陸 御中虫秋深し手品了(おは)りて紐は紐 高柳克弘人類に空爆のある雑煮(ぞうに)かな 関悦史発明の形に朝を抱いて露(つゆ) 塩見恵介食べられて菌(きのこ)は消えてしまひけり 鴇田智哉はっきりしない人ね茄子(なす)投げるわよ 川上弘美若さとはこんな淋(さみ)しい春なのか 住宅顕信ふはふはのふくろふの子の吹かれをり 小澤實満場ノ悪党諸君 月ガ出タ 中原幸子人間へ塩振るあそび桃の花 あざ蓉子路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 摂津幸彦桜散るあなたも河馬(かば)になりなさい 坪内稔典三月の甘納豆のうふふふ 坪内稔典じゃんけんで負けて蛍(ほたる)に生まれたの 池田澄子青嵐(あおあらし)神社があったので拝む 池田澄子摩天楼(まてんろう)より新緑がパセリほど 鷹羽狩行ごはんつぶよく噛(か)んでゐて桜咲く 桂信子ぽんぽんだりあぱんぱんがあるるんば・たんば 高柳重信手をあげて此世(このよ)の友は来りけり 三橋敏雄梅咲いて庭中に青(あお)鮫(ざめ)が来ている 金子兜太戦争が廊下の奥に立っていた 渡邊白泉バスを待ち大路の春をうたがはず 石田波郷雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと 松本たかし鮟鱇(あんこう)の骨まで凍ててぶちきらる 加藤楸邨
評価の定まった著名句を中心に選んだつもりだが、当然、私の好みで偏りがある。噴水(ふんすい)にはらわたの無き明るさよ 橋閒石
へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男
万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初(そ)むる 中村草田男おそるべき君らの乳房夏来る 西東三鬼露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す 西東三鬼つきぬけて天上の紺曼珠沙華(まんじゅしゃげ) 山口誓子咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村汀女どつかれて木魚(もくぎょ)のをどる寝(ね)釈迦(しゃか)かな 阿波野青畝翅(はね)わつててんたう虫の飛びいづる 高野素十滝落ちて群青(ぐんじょう)世界(せかい)とどろけり 水原秋桜子ところてん煙の如(ごと)く沈み居(を)り 日野草城咳(せき)をしても一人 尾崎放哉分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火まさをなる空よりしだれざくらかな 富安風生短夜や乳ぜり啼(な)く児(こ)を須可捨焉乎(すてつちまおか) 竹下しづの女をりとりてはらりとおもきすすきかな 飯田蛇笏冬(ふゆ)蜂(ばち)の死にどころなく歩きけり 村上鬼城去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの 高浜虚子白牡丹(はくぼたん)といふといへども紅(こう)ほのか 高浜虚子赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐菫(すみれ)ほどな小さき人に生まれたし 夏目漱石柿食へば鐘(かね)が鳴るなり法(ほう)隆寺(りゅうじ) 正岡子規
ホトトギス主流の作家はとりあげきれていないものが多いし、この作家はこの句でよいのか、という批判はあると思う。
やむをえないこととはいえ、どんな句を提示するのかは、悩みどころだ。学年の違いも見ていきたいと思って毎年おおきくは変えていないが、若手の俳句はちょこちょこ変えることもある。
鑑賞文の一部は公開することにしているし、これまでも何度か言及したことがあるが、学生は毎年30名前後なので、例年ごく一部しか公開できない。
今年は全体にすこし多くて40名近いが、毎年必ず選ばれる常連の人気句と、学年に1人くらいしか選ばない句、なぜかその年だけ突発的に人気上位になる句など、案外変化があっておもしろい。
熱心な学生のなかには私の選んだ50句ではなく、自力で好きな句を探し、鑑賞してくれる者もいて、
「現代の俳句はわかりにくいので好きになれませんでした」
と言って教科書で見たという芭蕉、蕪村の句で読み応えのある鑑賞を提出した学生もいた。
そんなわけでここ数年、「俳句の鑑賞」に関しては、「初心者である学生の目」にさらされる意識を、常に持つことになっている。
例年、人気があるのは、現代作家では
じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子
はっきりしない人ね茄子投げるわよ 川上弘美
コンビニのおでんが好きで星きれい 神野紗希
といったあたり。俳句初心者の学生に人気なのも当然というラインナップか。
物故俳人では
雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと 松本たかし
咳をしてもひとり 尾崎放哉
滝落ちて群青世界とどろけり 水原秋桜子
あたりが常連で、ほぼこれだけで過半数に迫る。
松本たかしの「ゆきだるま」は俳句界的には評価が落ちるかもしれないが、学生たちが「かわいい」と言って一番にとびつく句であり、わかりやすい佳句と思う。
水原秋桜子「滝落ちて」は、人口に膾炙した名句とはいえ、例年なぜそんなに人気なのだろうと思うが、やはり印象鮮明で、イメージを喚起しやすいのだろう。「群青世界」という造語の力、色彩感覚につよく反応する学生も多い。
そのほか、毎年多いのは
戦争が廊下の奥に立っていた 渡邊白泉
へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男
など。
「へろへろと」は、もちろんプロレタリア精神に反応するわけではなく、クリスマスにワンタンをすする、わびしい独り者に同情したり共感したりするものが多い。(なぜか、ワンタンをインスタントだと鑑賞する学生が多いのがおもしろい)
一方で意外なのは、山口誓子、西東三鬼らを選ぶ学生がほとんどいないことだ。
過去、「君らの乳房」を選んだ男子学生がひとりいたくらいで、誓子は4年間無点。
さほど難解な句を選んだとも思えず、私などは教科書で読んで親しんでいる句なのだが、あまり響かないらしい。
(未定稿)
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