『奥の細道』所収の62句を「お手本」に、著者の設定した62のテーマをひとつひとつ学んでいく、という形式のテキストブック。
それぞれ見開き一面で、
・今日のテーマ
・芭蕉の居場所
・『奥の細道』現代語訳
・俳句の解説
・『奥の細道』や俳句に関するエピソード
などが簡単にまとめられている。
62のテーマは基本から応用へ、という流れではなくて、『奥の細道』本文の流れにそって、具体的な芭蕉の句からみちびかれたテーマで書かれている。
テーマは最初こそ「切れ字を使う」「季語を入れる」のようにごくオーソドックスだが、基本を踏まえたあとは「人名を詠み込む」「ファッションを詠む」「異化してイカす!」「感覚の転換」「取り合わせ(地名と景色)」「取り合わせ(人為と自然)」「取り合わせ(場所+個人的体験)」「ツッコむ」「ボケる」「虫眼鏡になる」など、具体的な技法がどんどん提示されていく。
このあたり、生徒たちを俳句の授業に取り込み、俳句甲子園でたちまち常連校にまで仕立て上げた著者の指導理論が見える。読者は実に要領よく、俳句どっぷり、にさせられてしまうのだ。(私も犠牲者の一人)
また、これらのテーマ設定には、「俳句」をきわめて分析的に、テクニカルな実験(工夫)の成果と捉えている著者のスタンスがうかがえて興味深い。
「はじめに」を引いておこう。
季節の言葉を入れて、五・七・五でつぶやいてみる。いつだって、どこだって、誰だって作れる、素敵な詩。それが俳句です。
ちょっといいことがあったとき、ちょっといいものを食べたとき、ちょっと美しいものを見たとき、そんなあれこれをちょっとおしゃれに言ってみたくなる。そんなとき、人は俳句を始めるのでしょう。
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誰かと気持ちを共有したい、新しく見えた世界を誰かに伝えたい、俳句が言葉の表現である以上、それは当然の欲求です。そんなとき、句会に出て、多くの人と交わるなかで、表現を磨いていくようになります。そして、今度は作句だけでなく、他人の俳句を詠む楽しみに気付いていきます。
そうです、俳句とは、実は他者や周囲にどんどん自分を開くツールなのです。「誰だって作れる」「他者や周囲にどんどん自分を開くツール」としての俳句。
近年の坪内稔典氏が提唱する俳句論の成果がつよく反映されているが、一方でステップアップをつよく意識しているところが、つねに現在進行形で俳句の実験を試みている著者ならではと言えるだろうか。
テーマごとに分かれているので一冊まるごとの「俳句論」より読みやすいし、手軽に『奥の細道』を理解できる特典もある。
(ちなみに巻末に原文もついている。あらためて見ると『奥の細道』って短いですね)
現代語訳はかなり意訳されていて、固有名詞や歴史的用語にあまり説明がないので、『奥の細道』の解説書としてはちょっと情報不足かもしれない。
しかし、そういった「お勉強」的知識を大胆にふり捨てたところに、「俳句」を作るおもしろさ、読む楽しさ、が開けている。
カラー写真も多く、基本的な情報量のわかりやすさ、豊富さからいうと、定価1300円はかなりお得だと思う。
あー、でも「ひとマスずつ丁寧に書き込む」ためのマスが毎回ついているのは、ちょっと興ざめかも知れません。マスに書き込むより、もっと自由にノートや携帯に書き込む、ってスタイルがふさわしい本だと思うので。そういう意味では、テーマに基づいた著者自身の俳句とか、現代の例句がないのも、ちょっと物足りない。
しかしこのあたり、「奥の細道+テキストブック」という出版側のコンセプトがあるので、ある程度は仕方ないのでしょうね。
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ちなみに、そんな塩見氏の俳句指導の成果『乙女ひととせ』も拝受。
こちらは、同志社女子大学で塩見氏が半期十五回の創作講義をふたつ、一年間担当した成果で、受講者それぞれの30句と句会記録がまとめられている。
柿衛文庫「俳句ラボ」に来てくれた人たちの名前もちらほらあって、なかなか楽しい。
30句は、単純にできた俳句を集めたものではなくてちゃんと編集論理があるものが多く、武川美波「コロッケ」は、全句コロッケでまとめられた30句。
同じような句も多いが、「コロッケ」からどんどん発想が広がっていくのは楽しい。
叩き落とすコロッケかすと雲母虫
不揃いのコロッケ一口母の日よ
コロッケ氏日常茶飯事油照り
その他、目についた句をいくつか。
猟奇的彼女の為か野カマキリ 上田春香
脳みそにしおりを挿む目借り時 小山鈴未
重なる瞳リボンで結んでさくらんぼ 松尾綾香
海日差し羨む私は火星人 篠原有貴
いかなごが白い海から顔を出す 寺尾美香
北極星なくてもわたしは帰れるわ 尾上直子
稲妻と猫と未来と路地裏と 塩野由子
よそはよそうちはうちです冬桜 松尾唯花
塩見恵介です。ご紹介ありがとうございました。
返信削除現代語訳は、ページに収めることに苦心したのが実情でした。編集・写真の力に驚きまして、書物はチームで作る、ということを再認識しました。なうの本もいい形になれば、と思います。よろしく。
>塩見先生
返信削除お疲れさまです。実際、見開き一面という限られたスペースでどこまで書くか、は相当悩まれたのではないかと思います。拙稿はあくまでないものねだりですが、わかりやすい、いい本だなぁと思いました。
それにしても最近の本は、入稿から発刊まで、本当にスピーディですね。「なう」でもよろしくお願い致します。