2025年3月21日金曜日

新しい季語のはなし

田島健一さんが最近、Youtubeで短い動画をアップして、俳句に対する考えを発信している。(秘密の俳句ちゃんねる

いろいろ面白いこと、興味深い発言が多く、刺激がある。
そのなかで、新しい季語は定着するか、という話があったので、関連づけて私見をまとめておく。

先に結論じみたことを言ってしまうと、私は新季語の創案、提唱に関して大推進派で、講座や教室でも奨励している。実際に定着する季語は少ないかもしれないが、試みとしては大いに進めればよいし、そもそも歴史的に季語は増え続けているのだから、今後も新しい季語はどんどん生まれると確信する。
また、新季語について考え、議論することで季語に対する考えが深まると思っている。

ありふれた事例でいえば、もちろん「スキー」や「スケート」、「ラグビー」などのスポーツ語彙はことごとく近現代のものであり、「扇風機」「ストーブ」などの家電、「キャベツ」「ブロッコリー」などの飲食物、「クリスマス」などの行事、など、どう考えても明治以降季語は増え続けている。

新しいのに気づきにくい季語もある。たとえば、「春一番」という季語は多くの俳人が好んで使うが、季語としては新しいものである。
このことは私も何度か書いており(季節のエッセー(29))、国語辞典編集者のコラムでも、1965年発表の小説や、1956年刊行の高橋浩一郎『日本の気象』(毎日新聞社)が古い例として指摘されている(日本語、どうでしょう 第251回「春一番」)。

もとは西日本の方言が広まったといわれており、民俗学者・宮本常一(1907~81)の1936年の報告書にある記述が文献上の初出といわれている。
同じくジャパンナレッジで提供されている季語エッセイでは、同じ春の強風をあらわす言葉として「春疾風」「春荒」「春嵐」などをあげ、季語としての定着は新しいと指摘している。
俳句のほうで中村草田男(「春疾風乙女の訪ふ声吹きさらはれ」)や石田波郷(「春疾風屍は敢て出でゆくも」)などが詠んでから、季語として注目され出し、普及した。

季節のことば 春一番

このエッセイでは、「春一番」の意味を、次のように解説している。

春一番という語感には、厳しく寒い冬から開放され、暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じがあるが、実態はやや異なる。そもそもこのことばのルーツには、悲惨な海難事故がある。安政六(1859)年、旧暦二月十三日、長崎県五島沖に出漁した壱岐の郷ノ浦の漁師53人は、春先の強い突風にあって遭難、全員、水死してしまう。このとき以来、春の初めの強い南風を「春一(はるいち)」または「春一番」と呼ぶようになり、当地では今日でも二月十三日には出漁をみあわせ、「春一番供養」を行っている。......春北風も黒北風も一般的な冬の季節風のように長続きしないが、濃霧をともなうので、漁船にはたいへん恐い存在なのである。

しかし「春一番」という季語の本意として、「悲惨な海難事故」をともなう「漁船にはたいへん恐い存在」であることが、認識されているだろうか。むしろ一般には、「暖かい春の到来を期待させるいかにも明るい感じ」で使われているのではないか。
こうした「明るい感じ」の源泉は、実はあの有名なアイドル曲らしい。

昭和51年(1976年)3月にリリースされたアイドルグループ・キャンディーズの9枚目のシングル「春一番」は大ヒットしました。
「雪がとけて川になって流れ、風が吹いて暖かさを運んできた」という歌のイメージは、当初の海難を引き起こす危険なイメージの「春一番」とは別の側面ですが、「春一番」という言葉を浸透させました。
そして、気象庁には「春一番」の問い合わせが殺到するようになり、気象庁は春一番の定義を決め、昭和26年(1951年)まで遡って春一番が吹いた日を特定し、平年値を作り、「春一番の情報」を発表せざるをえなくなっています。

キャンデーズがきっかけ 気象庁の「春一番」の情報 饒村曜

作詞・作曲は穂口雄右(1948~)。195-60年代に広まった言葉を作詞家が取り入れて、1976年にヒットしたアイドル曲のイメージが、「春一番」という季語を支えている。

この一事をもってしても「新しい季語は定着しない」という通説は間違いであると思う。

新季語の利用についてしばしば言及されるのが、黛まどか氏の『月刊ヘップバーン』がかつて提唱した新季語だ。
『月刊ヘップバーン』誌面を検証していないので、実際にどんな新季語が提案されたのか、全体を検討できていない。国会図書館には所蔵がないようで近年充実したデジタルコレクションでも確認できなかったが(俳句文学館には所蔵があるようだ)、よく言われる例として、サザンが夏の季語、広瀬香美は冬の季語、などがある。

これらは人名季語というべきものだ。「稲川淳二は夏の季語」というネタもよく話題になる。『ヘップバーン』で提案されたかどうかは確認できないが、落語や漫談から独立して怪談に特化した話芸の先駆者として、稲川氏の存在そのものが風物詩であり、夏の季節感があるというのは、よくわかる話だ。
数年前、ついに本人が「俳句協会の歳時記に登録された」と発言し、ちょっとした騒ぎになった。
もっとも、「俳句協会」ってどこの協会だ、というあたりで出所が怪しく、芸人らしいネタかリップサービスとみるのが妥当ではないかと思われる。
そういえば『里』の特集で、羽生結弦を冬の季語に、という特集が組まれたこともあった。
しかし、こうした話題に関連して何人かの俳人が取材に答えて発言していたが(参考1参考2)、結論としては、「人名」が季語になる例は、原則ない。
つまり、怪談噺で知られる三遊亭圓朝が夏の季語になったり、忠臣蔵が得意な役者が冬の季語になったりすることはないのだ。

理由としては、当たり前だが生きた人間は季節限定で活動しているわけではないから、その人に対しても無礼であるし、流行が去れば芸能人は忘れられる、などが想定できる。逆に忌日や関連の記念日が季語になるのは、日時が限定され、時代を超えて継承されるからだ。(新季語に抵抗を示す人のなかにも祝祭日や忌日には抵抗がないことがあり、奇妙に感じられる)

従って、サザンや広瀬香美が季語として成立しなかったのは、人名季語だったからであり、試みとして全て無駄だったとはいえない。
なお「俳句の大好きなヘップバーンOGたち」が集まる「俳句座☆シーズンズ」のHaiku Q&Aコーナーに、次のような回答がある。

ヘップバーン新歳時記には、現代の暮らしの中に新しく登場し、浸透してきた風物詩が提案されています。新季語は例句も少なく、どのように詠んだらいいのか、初心者でなくとも苦しむところです。......まずは、季語を自分で見たり聞いたり体験してみることが大切です。「ボージョレ」、「ポトフ」など飲食に関するものや、「新色」、「保湿」、「ブーツ」といったメイクや装いに関するものなら、比較的簡単に試すことができますし、「クリオネ」、「ホエールウォッチング」など、実際に目にすることが難しいものも、インターネット・書物・新聞・テレビなどから情報を得ることが出来ます。

ここであげられた新季語のなかで、「ボージョレ」は秋の季語として充分理解できるし、「ポトフ」や「ブーツ」も、使用例は少ないだろうが、冬の季語とわかる。「新色」「保湿」などは季節を問わず重視されることがあり、季語としてはわかりにくいが「ホエールウォッチング」は、カタカナが目を引くだけで「鯨」の傍題である。
つまり、飲食やファッションなど従来の季語の延長上なら、新季語の理解はちっとも難しくないことがわかる。
ほかに行事の事例なら、「ルミナリエ」が関西の俳人にとって抵抗なく受け入れられた例として考えられるだろう。

新季語は、多くの人の生活に定着した語彙であることに加え、ある程度時間が経っても季語と認識できなくてはいけない。
また、俳句形式(必ずしも五七五に限定されないが)に馴染み、利用される必要がある。
こうした条件のため流行語彙をそのまま取り入れて季語として使うのは難しいが、もちろん成功例はあるし、長期的に見れば、新季語開拓の試みは大いにやるべきだ、と言えるだろう。

春一番あなたにおすすめのワード  久留島 元
幸せがボジョレー・ヌーボほどの出来

2025年3月19日水曜日

西川火尖氏の句


 京都新聞2025/3/15、一面コラム「凡語」より。

2025年2月6日木曜日


流れない大根のある小川かな


 

2025年1月31日金曜日

備忘録

作家の言葉

和歌は、五七五七七。

俳句は、五七五。

和歌の方は、定型でない「仰天和歌」ではあるが、なんとか五七五七七あれば、物語を盛り込むことができるのだが、俳句の五七五は、どうにもならんのじゃないのと思い込んでいたのかも知れない。

しかも、あの季語があるじゃん。

季語をどうすんのよ。

季語、邪魔じゃん。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

小説を書くことをやめてしまった氷室冴子が、まだ言葉による創作というか、なにものかにこだわっていて、しかし、それを発表する気がない。ないけれども、俳句をやっている。どんな俳句か。それはぼくも知りたかった。

俳句は、ぼくらのように言葉にこだわる職業の人間が、最後にすがることのできる文芸ではないか。

夢枕獏『仰天・俳句噺』文藝春秋

 

歌人の言葉

川野(里子) こうしてみると、短歌というのは、見えない何かに対する呼びかけであり、そして、その答えに耳を澄まし、言葉を尽くして詠み終えて、そして沈黙をするしかない。その沈黙の中で答えを待つ死刑なのだということが思われるのです。つまり短歌というのはダイアローグなんじゃないか。例えば平安時代のような、恋文を出してその恋人から答えを待つと言う形式が原型ですね。しかし、そのような直接の相手を持たなくなった戦後という時代、現代短歌自体を、私達は言葉を尽くしてなにかを表現し、その答えを、耳を澄まして待っているのじゃないか。

川野 私は、俳句は片言や断片ではない、完璧な詩型だとばかり思っていました。・・・・・・むしろ、短歌こそ片言なんじゃないかという気がするんです。返りが来るかどうかわからないこだまの様なものに、耳を澄ませ続ける。そのために七七が着いているというふうに思っていて、だからこそ短歌に詠嘆が多い。

 「シンポジウム「岳」45周年記念 短詩型文学への期待」『俳句』2023.10



2023年12月31日日曜日

2023年

年末ですね。


今年から、西村麒麟さんの「麒麟」に所属しています。

まさか自分が結社所属になるとは思いませんでしたが、そのあたりの経緯は、週刊俳句第835号 麒麟発足座談会でお話しさせていただきました。
主宰(麒麟)からは「編集長が結社が嫌い」といわれていますが、結社でありながら結社らしからぬ、そんな雰囲気作りを目指しています。誌面では「関西俳人の系譜」を連載。

関西現代俳句協会青年部では、7月に「関西俳句を辿る」、12月に「俳句の宛先」という勉強会・句会を開催。7月の勉強会は『現代俳句』10月号に、川田果樹さんのレポートを掲載。
参考:note:「現代俳句」2023年10月号 相田えぬ

そのほか、5~7月には、かきもり文化カレッジかきもり俳句コース(ジュニア~ミドル)を担当。

11月26日に神戸市立三宮図書館で俳句講座をさせていただきました。


不定期連載(季刊目指しているがサボり気味)の「オバケハイク」も。
そろそろ冬のオバケを出さなければ。。。

【連載】久留島元のオバケハイク【第4回】「野槌」 | セクト・ポクリット https://sectpoclit.com/obake-4/ 【連載】久留島元のオバケハイク【第5回】夜長の怪談 | セクト・ポクリット https://sectpoclit.com/obake-5/


俳句とは関係ありませんが、学部時代から取り組んでいる「天狗説話」の研究をまとめた著書を刊行しました。

天狗説話考 白澤社


出版社からこの装幀を出されたときは、ちょっと驚いたのですが、わかりやすく書棚で目立つようで、結果的に良かったかなと。
俳句と関係ないとはいえ、天狗を詠んだ近世俳諧などは多少紹介しております。
すこし高い本なので、お気にとまれば図書館などでリクエストよろしくお願いします。

今年も世界が不穏です。平和ぼけできる人生であってほしいですね。
それでは。よいお年越しを


亭主拝。

2023年6月5日月曜日

世界のHAIKU


堀田季何さんの、『俳句ミーツ短歌』笠間書院、2023を読んでいる。

主宰誌『楽園』の連載をもとに再編成された本で、平易な口語体ながら季何さんの俳句・短歌論が縦横に披露され、世界の詩歌に基準とする著者の深い見識に触れることのできる本である。

やはり最も興味深いのは、世界のハイクや季語をめぐる議論である。

SUSHIやJUDOが世界でそのまま通用するように、近年はHAIKUも世界の言語でそのまま用いられます。ウィキペディアでも百以上の言語がHAIKUを扱っていて、その数はSUSHIとほとんど変わりません。

世界のHAIKUについては、関西現代俳句協会青年部のHPでかつて連続エッセーのテーマとしてとりあげ、季何さんのエッセイを基調に、各氏から示唆深い文章を寄せていただいた。

関西現代俳句協会青年部 過去の掲載ページ

最近では、ウクライナの俳人、シモノーワ(シーモノワ、シモノヴァ)さんが話題である。

珠玉の俳句をもう一度 「戦禍の中のHAIKU」ウクライナ(1)

「ウクライナ 俳句交換日記」NHKドキュメント初回放送日: 2023年1月23日

ウクライナだけでなくロシアにも俳句で平和を祈る人々がいる。

俳句を平和の架け橋に ウクライナ、ロシア、ベラルーシ…連なる非戦の声 中日新聞2022年6月8日

馬場朝子さん「俳句が伝える戦時下のロシア」インタビュー 日常が伝える戦争の悲惨 好書好日

むろん、俳句を「平和を祈る詩型」などと美化する言説に、安易に与することはできない。

  討伐を了へぬ燕も巣立ちけり 小島昌勝

 といった聖戦俳句、翼賛俳句が賞賛されてきた歴史を、我々は知っているからだ。

明治時代に写生の方針が定まり、大正時代にはそれが正確に研究され、現代に至つて燦然たる花をひらいた。而も俳壇未曾有の聖戦俳句が生まれ、大東亜戦争開始以来ますます偉いなる業績を成さんとしつゝある。まことに現俳壇に学ぶほど幸福なものはなく、昭和時代の俳句の進展はとゞまるところを知らぬ勢である。

水原秋桜子「巻末に」『三代俳句鑑賞 春夏の巻』第一書房、昭和17年(国立国会図書館デジタルコレクション個人データ送信サービスにて閲覧可能 リンク) 

 わが畑もおそろかならず麦は穂に 篠田悌二郎 セクト・ポクリット ハイクノミカタ

英帝国ひれ伏すや匂ふ夜の梅 長谷川素逝

ますらをはすなはち神ぞ照紅葉 水原秋櫻子

それとは別の話で、俳句がいまやHAIKUであることは、実例、作例が証明するところであって、いくら日本国内でガラパゴスな定義を叫ぼうとも意味のないことである。

EUのファンロンパイ大統領、初の俳句集を出版 世界のこぼれ話 REUTER 2010.04.16

EU初代大統領が「平和の俳句」 ウクライナに寄り添い「調和」の思い込め 東京新聞2022.07.18

第三十三回おーいお茶新俳句大賞 英語俳句の部優秀賞

ユルガ・ヴィレ『シベリアの俳句』花伝社

かつて私も、翻訳の限界ということを考えていた。
論文や実用書ならば翻訳されて情報が広く伝わることに意味があるだろうが、「吾輩は猫である」を「I am a cat.」と訳したときに日本語のも吾輩」のニュアンスは失われるのではないか、まして韻文、まして短詩型であれば、その弊害は大きいのではないか、という紋切り型の考えであった。

しかし振り返ってみれば当然ながら、私も多くの翻訳小説に恩恵を受けてきた。ハリー・ポッターの世界的人気の前に「翻訳の限界」を言うことに、どれほどの意味があるだろうか。

もちろん翻訳で失われるものはあるし、母国語で味わう幸福、深い理解はあるだろう。翻訳の向き不向きで評価が変わってしまう作家、作品もあるだろう。
村上春樹がノーベル賞候補としていつも話題になるのは、作品の無国籍性が翻訳にむいているからだとよく指摘される。一方、日本文学者のドナルド・キーンは、泉鏡花の小説を英訳する難しさを述べたうえで、この文章を味わうために日本語を学んだのだ、鏡花こそ日本語の醍醐味だと言っている。
けれども、それでも文学には翻訳で伝わるものがあるという前提があればこそ、ノーベル文学賞には価値が認められているわけである。

しかし、その翻訳という作業がもつステレオタイプな危険性、「母国語」という幸福の裏にあるナショナリスティックな陶酔を、樫本由貴は鋭く撃つ。

それを選ぶ指先の欲望 「小熊座」2022VOL.38 NO.446 俳句時評

なぜこの俳句の邦訳に「文語」かつ「定型」が選ばれたのか。...散文より韻文を、口語より文語をという選択は、そうでなければ読者が抱きかねない「これは俳句か否か」といったたぐいの疑問を起こさせない。それどころか「ウクライナで俳句を書いている人がいるなんて、感動」とさえ、読者に思わせるのではないか。

この潔癖は、岩田奎がしばしば表明するような、俳句がオリエンタリズム的な誤読のなかで愛好されてきたことへの忌避感と、表裏の関係にあるだろう。(『俳句四季』39-12,2022.12)(余談だが、私は四方田犬彦氏の講演で同様の質問をなげかけ、「(オリエンタリズムの対象でも)構わないではないか」と返され憮然とした経験がある。)


さて、ここで突然関係ないような話だが、季何さんにならって、SUSHI(寿司/鮨/鮓)の話をしたい。今日スシというと多くの人が「にぎりずし」を想像すると思う。

しかしスシの語源は「酸し」で、「魚肉が自然に発酵し酸味を生じているのを利用して人工的につくるようになった」(ブリタニカ国際大百科事典)ものであるとすれば、滋賀の「鮒鮨」のような「熟れ鮨(なれずし)」のほうが由緒は古いはずであった。(以下、『古事類苑』『日本大百科全書』などの記述を参考にする)

 参考.ふなずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
  あゆずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

江戸時代になると発酵に時間がかかる「熟れ鮨」に対して、塩や酢を用いる「早鮨(はやずし)」「一夜ずし」などが生まれる。
このなかにも、酢飯に直接魚介や具を混ぜ込んでいく「ちらしずし(ばらずし)」と、締めた魚とご飯を重ねて強く押す「押し寿司」があって、関西のスシは後者が主流である。

大阪寿司(おおさかずし) うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省
さばずし うちの郷土料理次世代に伝えたい大切な味 農林水産省

こうした積み重ねの上に、さらに即席のファストフードとして、酢飯の上に魚をのせ握った「握り鮨」が生まれるわけだが、これは江戸時代後期になってからのもの。
「握り鮨」登場は諸説あるようだが、文化文政時代(1804~30)、イカやエビ、アナゴの煮物をのせた鮨が始められ、つぎにアジなどの光り物を酢に漬けたもの、そしてようやく刺身をのせるようになったのだという。これよりやや先行して太巻の巻き鮨も江戸で始まったといわれている。

現代では、かつて江戸の庶民が「ねこまたぎ」と嫌ったといわれるほど腐りやすく脂の多いマグロが一番人気のネタとなって、世界の漁獲量を脅かすほどに食べられている。
原義が「酸し」、魚を発酵させたものだとすれば、「握りずしのトロ」などは異端も異端、歴史のないヒヨッコにすぎないという気がしてくる。

現在のスシ文化は当たり前のように「サラダ巻き」や「牛肉ずし」を受け入れている。ここであらたに「カリフォルニアロール」が加わったり「キンパプ」が加わったりしたところで、「スシ」がゆがめられた、なんて思う必要あるだろうか。

もちろん個人的に「これはスシではない」と拒否する自由はあるが、本質とは関係のない、個人の思想信条、究極には好みの問題ではないか。
それぞれの時代にそれぞれの料理人が「これもスシだ!」「これもありだ!」と試行錯誤してきた結果、豊かなスシ文化は展開した。そのなかには捨ててきた可能性も、たくさんあるだろう。それぞれにスシの本質、スシの可能性を追求した結果が、現在である。それぞれの探究はそれぞれに尊重されるべきであって、どれがひとつが完全な正解だというのは、後世から恣意的に逆算した、結果論に過ぎない。

同じ結果論なら、私としては、どのような「誤解」のもとにスシや俳句が広がってきたか、それぞれなにを本質とみて、どんな挑戦をしてきたかを楽しむほうがよいのではないか、と思うのだが、どうであろうか。

「これを考案した料理人はだれだ!」居酒屋で海原雄山のごとく激高...


2023年5月18日木曜日

新時代

 

新しい時代の国の亡びかた

一斉に笑ってそしてそのあとは

知っていた誰にも言ってなかったね

止まってたものと止めていたものと

大丈夫みんないっしょに倒れるよ