2009年12月25日金曜日

新撰21竟宴

 
行ってきました東京。

騒いできました竟宴。


お昼に東京に到着し、山口優夢、江渡華子、佐藤文香、の各氏に初対面の西村麒麟さん(「古志」所属!)と合流。会場近くの市ヶ谷に移動し、かるく昼食。初めましての人とは初めましてのご挨拶をし、数年ぶりの人とはお久しぶりの挨拶をしました。
ご飯を食べながら、本日のシンポジウムに出席する佐藤・山口両氏が予習しているのを横から茶々を入れつつ鑑賞。文香氏が思った以上に外山氏論考に違和感を持っているのを興味深く思う。優夢氏はぴっちりしたスーツに身を包んでいたためバームクーヘンとかボンレスハムとかむちゃくちゃに言われていた。(俺も言ったけど)
そのあと、神野紗希さん、高柳克弘さんたちも合流。M-1を研究会で見逃した話をしたら、紗希さんがyou tubeでの探し方を指南してくれた。案外オンラインな住人なんですね、そりゃブログチェックもしてるはずだ、とか、思う。紗希さんと江渡ちゃんは前日呑んでいたそうで、若干二日酔いだそう。

あーだこーだ言いながら会場入りし、受付をすませて、名札を附けてもらう。
谷雄介氏がまめまめしく働いていて、社会人オーラに圧倒される。
会場はすでに大盛況。シンポジウム資料と当日参加者の一覧をいただく。


シンポジウムは三部仕立て。内容についてはこれからおいおい書かせて貰うことにして、ざっと流れだけ。
第一部は「新鮮21検討 『新撰21が映す現代とは何か」。
筑紫磐井、池田澄子、小澤實の三氏から、21人へのエールを送られる。続いて執筆者のなかから北大路翼、松本てふこ、谷雄介、村上鞆彦の四氏が指名されて壇上にあがり、三人とかるいディスカッション。
楽しんで読んで貰える俳句を作る、と断ずる北大路氏。北大路論を任されて「下ネタ枠だな!」とガッツポーズを決めたという松本氏、……だけでなく、『新撰21』の人選について、東京にいたらいつも会えるメンバーだ、と鋭く批判していた松本氏。褒められて俳句をやるのは悪いことではない、と言ってのける谷氏。筑紫氏の仮想敵宣言に対し、自分に対して無季俳句を作る可能性を許容したくないだけですよ、と穏やかに大人な対応をしてのける村上氏。
また、北大路氏の俳句に対して池田澄子氏が「詠むものではなくヤルものでしょ!」と爆弾発言。イケスミさん、さすが!
すでに充分面白げな展開は見せていたが、時間は充分ではなく、第二部へ。


休憩中、ネット上などでお名前ばかり知っていた方々にご挨拶など。名刺交換しながら「ブログ見せて貰ってます」「あー、あなたが…」みたいな会話。まるで壮大なオフ会ですね。 上田信治さん、田嶋健一さん、橋本直さんなどにもお会いできました。

第二部は「パネルディスカッション 今、俳人は何を書こうとしているのか」
パネラーに相子智恵、関悦史、佐藤文香、山口優夢氏、司会に高山れおな氏。
外山氏の論を誘い水にした「形式の問題」、相子氏、高柳氏らの論をふまえた「自然の問題」、神野氏の論から「主題の問題」のみっつのテーマについて。
すでに各ブログで紹介されていますが、関氏のナイアガラのような怒濤トークに圧倒されました。すごい早口で一切立ち止まることなく、しかも厖大な情報量を的確に整理して一気に語ってくださるので、ほんの数秒聞いているだけでもIQが上がったような心地に浸れます(笑。でも、あんなによくわかる金子兜太論、吉本隆明論ははじめてでした。今後参考にしよう。
弁士・関の出現にばかり耳目を奪われましたが、ほかの三氏からも非常に興味深い発言がちらほら。あくまで実作者として丁寧に自身の言葉で語る佐藤氏、山口氏の両名が大変結構でした。
主題の問題では、山口氏が「主題というのは批評家が見出すモノではないか」と発言。なるほど。
ただ、聞いていて思ったのは、方法論的主題(取り合わせ。とか、季題。とか、生理感覚とか。)と、テーマとしての主題(戦争。とか、人間探求。とか)って、一緒に扱っていいのかな?という疑問。うまく言えませんが。

俳句のシンポジウムは、実作者のレベルで語るのか、実作を離れた批評家として語るのか、それで少しブレが起きるような気がします。以前の「船団」シンポジウムでは議題が「百年後」と誰にとっても第三者的な話題だったのであまり目立ちませんでしたが、今回はそのあたりで混乱があったような。
いずれ、もう少し考えて書きます。

第三部は対馬康子氏を進行役に、フロアから自由発言を求める企画。
対馬氏の指名で高柳氏、神野氏のふたりがアシストについていましたが、なんだか断片的でもやもや感が残る結果に。
すこし盛り上がったのは、中本真人氏から「師選を受けたかどうか」「結社に入っているかどうか」などの質問が出たこと、それに対して富田拓也氏から現代詩などを例に挙げて必ずしも結社や師を持つことがいいと思わない旨の回答があったあたり。佐藤氏や越智氏のように結社に入らずに師事する俳人がいる場合や、藤田哲史氏など「大事な句は外されないよう師匠にも見せない」脱力系結社人がいること、などが明らかとなる。
そのほかは……西村我尼吾氏の演説とか、いろいろありましたが、正直、対馬氏の指名が非常に意図的な気がしてあまり楽しめず。いまさら第二芸術論でもないでしょうし。全体的に、俳句芸術派系、とでもいえばいいのか、現代俳句系な発言が目立ち、違和感を持ち続けていました。このあたりももう少しまとめてから書こうと思いますが、東京でのアウェイ感、というのは、今回の隠れた収穫のひとつです。この感覚は実際味わってみて、その正体を見極めてみないといけないと思いますね。


懇親会でも引き続き名刺交換。
で、今回の大収穫。
新撰21人のサインです。懇親会にいらっしゃった方からはたぶん全員頂いたんではないでしょうか。18人、プラス一人。装丁の間村さんにも、村上さんから紹介をいただいて書いてもらっちゃいました。
サインだけ観ててもなんだか人柄を偲ばれるのはなかなか楽しいですね。
これ、非常な価値モノです。
懇親会の最中に不躾なお願いに応えてくださった皆さん、ありがとうございました!!
宴は二次会、三次会へ。日付の変わるあたりまで、わいわいがやがや。二次会では小澤實氏、櫂未知子氏ともおはなしさせていただきました。
宿はすぐ近くだったので、最後まで楽しませて貰いました。



若手に限らず、こうした結社をはずした交流会というのは、非常に大事なんではないでしょうか。「俳壇」なんて結局ちょっと昔からあるといってもミクシィのコミュニティとあまり変わらないようなもんで、たまにオフ会くらいして交歓しないともっと小さなコミュに閉じこもってるばかりでは面白くないと思います。そーゆー当たり前のことを再確認した点でも、参加した甲斐はありました。

東京の皆さま、たいへんお世話になりました。


総括。
今回の表の主役は、「関悦史」。
そしてたぶん、裏の主役は「長谷川櫂」。
まったく関係ないのにしばしば名前があがったのが、金子兜太と長谷川櫂の両氏でしたが、全員が否定的に語っていたという点で長谷川櫂氏の独特な立ち位置、そしてこのイベント全体の立ち位置も見えてくるように思います。

(続く)
 

2009年12月22日火曜日

『新撰21』短評

 
「~氏の小論」とあるのは、特に断らない限り、同書掲載の小論を指し、「座談会」は巻末の、小澤實氏、筑紫磐井氏、対馬康子氏、高山れおな氏、らの座談会を指す。
掲出は同書掲載順。

越智友亮「十八歳」 無所属
小野氏の小論、「俳句想望俳句」は至言。現代でもっとも純粋に言葉と戯れている作家だろう。その無邪気さ、向日性には羨望するしかない。天賦の才が、今後表現のバリエーションを生むかどうか。「俳句のために上京した」彼が、いつ若書きを脱するか。
 ひまわりや腕にギブスがあって邪魔

藤田哲史「細胞膜」 澤
巧い巧いと聞いていたけど、これほどでしたか。一度徹カラにつきあわせたことがあるけれど、周りを気にせず一人歌っていて、流されない感じが面白かった。感性は「俳句想望」に近いのかもしれないが、無邪気さが図太さに直結している強さ。どれも面白いが、
 西瓜食ふ婆ワンピース爺裸
もう一句、これは言及しないといけない。真珠庵本「百鬼夜行絵巻」かな。
 物ノ怪の琵琶駆け出しぬ夜の青田

山口優夢「空を見る、雪が降る」  銀化
「つづきのやうに」では知的な軽快さが目立ったが、今回は旧作も多いのか、叙情が目立つ。『豈』49号では「生理感覚にこだわりたい」と発言していて、過度の叙情が本来のしなやかさを殺いでしまうのではないかと思いつつ、今回は「生理感覚」を楽しませて貰った。
 どこも夜水やうかんを切り分ける

佐藤文香「真昼」  ハイクマシーン
思ったより句集から出してきた、とは、先日お会いした高山さんの言葉。『海藻標本』は話題になるに相応しい力作だったが、それよりも私はネット上でみる近作が好きだったのですこし残念。『豈』掲載の外山氏の言「俳句表現史をその切っ先から遡行しつつ食いつぶしていく」は、彼女の緊迫感あふれる向日性を捉えて、言い得て妙。
 晩夏のキネマ氏名をありったけ流し

谷雄介「趣味は俳句です」 TWC
高山氏曰く、タイトルに批評的悪意があってよいなと期待して読んだので、肩透かし。飯田哲弘氏曰く、脱・優等生の戦い。彼の、天才とバカのちょうど中間を斜めに歩くがごとき言動に対しては、とにかく出された句が楽しめるかどうか、で判断したい。
 焼跡より出てくるテスト全部満点

外山一機「ぼくの小さな戦争」  鬣TATEGSMI
ブログでの論考、『豈』誌上の佐藤文香論でも学ぶところ多く、先人の句業を批判的に継承し新たに構築していく、という、批評と実作の同時並行作業に共感。今回の企画がなければなかなか作品をまとめて読む機会はなかったと思う。好きな句が多かったが、
 川はきつねがばけた姿で秋雨くる

神野紗希「誰かの故郷」  無所属
生まれて初めて俳句表現のもつ圧倒的なパワーを見せつけてくれた先輩。いま何を考えて作っているのか、一番気になる俳人のひとり。ただ、句集以後の句群、あまりにも俳句、ではないだろうか。これを面白い、と思ってしまう私自身、また俳句に馴らされている。
 日本の亀は小さし天の川

中本真人「庭燎」  山茶花
花鳥諷詠をどう楽しむか、はホトトギスに学ばなかった俳句作家の課題だと思うが、ぬーっとした句は好きである。面識もなかったのに歌謡学会で声を掛けてくださったのには驚いた。最近論文をお見かけすることも多く、本業でも教えを請いたいところ。
 鳥の巣と見えぬところに鳥が入る

髙柳剋弘「ヘウレーカ」  鷹
実作でも評論でもいま一番注目の高柳氏。『未踏』所収句が多いが、すでに代表句と呼べる選り抜きの句がずらり。高山氏のいうとおり、案外、北大路氏とはコインの裏表のようなエンターテイナーなのかもしれない。だとするとその中間にいるのが谷雄介か。
 紙の上のことばのさみしみやこどり

村上鞆彦「水に消え」  南風
鴇田氏の世界と似ているが、それよりも「暗さ」が濃い。正直苦手な世界。略歴を見ると鷲谷七菜子氏に師事されたそうで、鷲谷氏の作品に疎いのだが、手許のアンソロジーなどを見るとなんとなく系譜がわかる気がする。掲出句などは白泉を思わせる。
 電柱のうしろに冬の来てゐたり

富田拓也「八衢」  無所属
詩歌の造詣の深さはただ敬服するばかり。「冨田拓也の世界」を作るためにすべてが注がれているという感じで、よくも悪くも独立独行という語が相応しい。「座の文学」としての俳句、あるいは今の「船団」調を全く受け付けないところにこそ、氏の句が存在する。
 気絶して千年氷る鯨かな

北大路翼「貧困と男根」  いちじはん 街
松本てふこ氏の小論は癖のある作品を真っ正面から受け止めて、書中屈指の好論。春・夏・秋・冬・女、の五部仕立て、「女LOVERS」では女性名が詞書に付される。面識がないからかもしれないが、「私小説」「境涯俳句」というより恋歌として読んだ。句の成功率は相半ば、か。座談会での言及はほかの作家に比べ圧倒的に多く、面目躍如の存在感。
  いろいろと依存症のもも
 らりりるれらりりるれろら春なのら

豊里友行「月と太陽(ティダ)」  月と太陽、海程
今回のアンソロジー最大の収穫、といえば却って失礼だろうか。いわゆる沖縄詠だけでなく、現代作家としてとても正直な俳句が並んでいて、全体の明るさが好きだった。ただ、単語レベルでついていけない句も多く、詞書や脚注などの配慮が欲しかった。
 どれもみな歌声になるうりずん
 亀鳴くも生き急ぐ世の星雲だ

相子知恵「一滴の我」  澤
今年の角川俳句賞受賞は記憶に新しい。現代的素材を、素材だけの新しさでなく俳句の形式に落とし込む技倆が目立つが、これはただ等身大の現代人というより明確な方法意識の表れだろう。もっとも季語の美意識を前提とする姿勢には必ずしも賛成できないし、逆に季語を痩せさせてしまうのではないか、という気がする。
 冷やかや携帯電話耳照らす

五十嵐義知「水の色」  天為
能村登四郎や佐藤鬼房も含めて、風土俳句は正直、苦手。私は基本的には出不精の机上派だし、阪神間を離れたことがないせいか故郷への愛着というのもあまりない。すこし説明的とも思える句が多かったが、雪にまつわる句群に風土詠を超えた面白さがあった。
 マンモスの牙洗い出す出水かな

矢野玲奈 「風」  天為
なんだか大層な作句信条に騙されて辟易していたが、改めて読むと意外なほどバラエティがひろい。「星飛ぶや八時ちやうどのクラクション」の飛躍、「かつぽれの膝の高きに夏兆す」の観察眼、「賑やかな駄菓子の色や涅槃西風」、どの句もあっけらかんとして、楽しい。
 箱に顔突つ込んでゐる去年今年

中村安伸 「機械孔雀」  豈
矢野氏の世界が敷居の低さに反してバラエティ豊かだったのに対して、中村氏の作品群は挑発的な外装に反して中身は意外に堅実、のようだ。パロディや季語の斡旋など、前衛俳句、現代俳句、ひいてはひろく近代文学全体の方法論を継承しているような印象。
 儒艮とは千年前にした昼寝

田中亜美「雪の位相」  海程
一面識もない女性に失礼なのだが、あえて直截に言わせていただくと「エロい」。頻出するテーマ(女性、哲学用語)、色彩(白)、が立ち上がり、実に濃密な世界を構成する。重さでなく、濃さ。非常に官能的なのである。世界の完成度では鴇田氏と双璧。
 緑陰に竜の話の好きな子と
 百合といふしづかな柱夜の電話

九堂夜想 「アラベスク」  海程
難解さが、なにか別の世界へつながると楽しめるのだが、九堂氏の句群は具体的な景を結ぶことを断然拒否する。どの句も、どうしてもわからない単語がひとつずつ紛れている。いくつかわかるような句もあるが、それは面白くなくて、わからない句のほうが魅力的。
 火祭りよ陸(くが)果てのいや立ちくらみ

関悦史「襞」  豈
ここまで明確な方法論や問題意識、世界観を持っている作家であれば、むしろもっと俳句の文体に寄り添ったほうが豊かな世界が描けるのではないか。まるで守旧派俳人のように「それを俳句で詠まなくても」と言いそうになってしまう自分がいる。
 人類に空爆のある雑煮かな

鵯田智哉 「黄色い凧」  魚座→雲
さて、いよいよラスト。ラストに相応しい完成度で、各所で亡霊体とか朦朧体とか、確信犯的低空飛行、とか、いろんなキャッチフレーズがついている。逆に言うと自身で充足してしまっているようであり、「意外な驚き」で俳句ができることはないのだろうか、と不思議になる。
 遠足が真昼の山に来てもどる



改めて読んでみるとちょっとマジメすぎるかな、という印象をうける。
なんというか、読み応えはあるけど、「脈はない」(*)かな、と思ってしまう句が多いのである。

マジメさにもいろいろあるが、現代俳句派の作家にはブンガク的な志向が、有季定型派の作家には雅志向が、それぞれ漂っているようだ。
ちなみに結社で見ると、「海程」所属が三人、「豈」「天為」所属が二人。
小論執筆者まで含めれば傾向はさらに顕著なのだがやめておく。編者の周辺に偏ることはある程度仕方のないことだが、いま一歩の懐の深さを見せてくれてもよかった。



明後日はいよいよ出版記念シンポジウム。なんとかこの稿も間に合った。

東京の皆さん、お世話になりますが、よろしくお願いします。あちらでお会いしましょう!
 


* 日刊この一句12/02 http://sendan.kaisya.co.jp/ikkub09_1202.html


2009年12月20日日曜日

かさま & ゆうしょりん


笠間書院が出している無料PR誌『リポート笠間』50号がおもしろい。
記念特大号と言うことで、分量も内容も分厚いが、なかでも座談会は読み応えがある。
座談会のテーマは「「日本」と「文学」を解体する―既成概念を崩し、新しい文学像をどう作るか―」参加者は、ツベタナ・クリステワ氏、ハルオ・シラネ氏、染谷智幸氏、錦仁氏、司会に小峯和明氏。
司会の小峯氏の問題提起を引いておく。

小峯 昨今、日本文学をはじめ人文学の危機が叫ばれて久しいわけですけれども、ただいたずらに危機だとだけ言っていても仕方がないので、逆にその危機感をテコに研究のあるべき方向や研究のアイデンティティを問い直す機会として捉え直していくべきだろうと思います。言い古されたことではありますけれども、やはり今後のあるべき研究の動向としては国際と学際、この二つを鍵とするしかないのではないだろうかと考えています。
このあたりは小峯氏の年来の主張であり、実は昨年、私が関与した講演会でも同様の趣旨で熱い講演を頂いたことがある。
小峯氏はいわずとしれた説話文学、中世文学研究の第一人者「国際」「学際」「言い古された」キーワードだが、氏の建設的なところは、ただ別ジャンルと交流すればいいというのではなく自分自身のもつ「日本」や「文学」のイメージを解体し、新たな地平から研究を再出発させていく、その道筋の確かさにある。小峯氏の成果は『説話の森』(大修館書店→岩波現代文庫)、『説話の声』(新曜社)、『中世日本の予言書』(岩波新書)などの一般書としても出されており、いずれも刺激的なのでご一読をオススメする。

ゲスト的な立場のシラネ氏、クリステワ氏の二人も、まさにその「解体作業」、つまり相対化の体現者のような方々。5人の発言はいずれも挑発的、示唆的で、座談会とはかくあるべし、というほどおもしろい。詳しくは店頭なりで読んでいただくことにして、ここでは、はからずも俳句(俳諧)や句会について触れた部分についてのみ引用することにする。


シラネ 今、文学というと自立したテクストというふうに考えるけど、そのような近代的な発想を捨てて見直す、和歌の重要性がはっきりして来る。和歌は一つはプロセスなんです。特別な空間ー人間同士が交流できる空間を作るジャンルです。要するにつくる過程で、そのつくる過程においてモノが大事になってくるんです。和歌はただ詠むだけでもないし、ただ書いたものというのでもなくて、紙の上に筆で書く。それは書と料紙ですね。この二つがないと、和歌にならない。物質文化と和歌は非常に結びついているんですね。・・・和歌は、短詩形で、書かれていないことがある意味では書かれていることより大事です。そのような「開けた」和歌は、ほかのもの(絵画、小袖、紀行文、日記など)と組み合わせやすい。いろいろなモノとドッキングができる多様性のあるジャンルです。・・・和歌は内容も形式も大事なんですけれど、モノとしての存在も非常に大きい。それは交換するものとして、お土産として。日本はお土産の文化だと僕は思っているんですね。・・・

染谷 今お話を聞いていて、句会がまさにその通りです。
 …僕もへたな俳句を作って、今ですと大輪靖宏先生が主催して、俳人の黛まどかさんや作家の林望さんも参加されている令月俳座という句会の末席に加わっているんですが、句会っていろんあやり方があるんですよね。おもしろいのは、カレンダーや扇子・色紙などを結社でつくって配ったりする。それから、句集に載る、載らないということがすごく大事で、まさに物質をとっちゃうと俳句文化はなくなっちゃう可能性が高いのではないかなと思います。

シラネ 添削されるわけですか。

染谷
 そうです。連句になると治定と言って、それがもっと強く出ます。…

小峯
 グループといえば、昔、大岡信さんが書いていた「うたげと孤心」を思い出します。私もそうですが、日本では研究会が好きですね。・・・

染谷
 先ほどの文学の解体ですが、句会なんかはほんとに解体されていますね。・・・つまり、句会にきてて俳句をつくっている人たちは、これは第一文芸だと、これで私は名をなすんだ、という人は少ないです。もちろん中にはそういう人もいるのでしょうが、やはりその場を楽しむことが大事だという思いがあって、まさに文学を解体しているところがある。

シラネ そうですね。媒体(引用者注、ママ。解体?)ですね。私たちの座談会自体が日本の一つの独特なもの。一種の連句形式です。

染谷 そうなんですか。知らなかった。

シラネ だってアメリカでは一度もやったことないです。雑誌で一度もみたことがないです。インタビューというものはあるけど。こういうのは、まさにサロン文芸、座の文学ですね。前句に新しい句を付けることによってコミュニケーションができる。どんどん世界が変わる。意外な展開もあります。

「リポート笠間」No.50、2009.11



「俳句」が「座の文学」である「俳諧」の遺伝子を認める限りにおいて、俳句作家は安易な「近代文学観」に惑わされることなく、その「解体」作業へ関与している自覚を持つべきなのかもしれない。「座の文学」というときの「文学」は、たぶん、いわゆる「俳句は文学でない」というときの「文学」ではないし、「俳句は文学でありたい」というときの「文学」とも、すこしズレているのかもしれない。





『新撰21』、やっと購入しました!
ついでに、『豈』49号も購入してしまいました。散財散財。

内容も装丁もとても丁寧な、いいお仕事。
作家それぞれに力のこもった小論が付されていること、
作品掲載や作句信条の形式が作家それぞれに委ねられていること、
なにより巻末の座談会によって丁寧に作家たちの首途を祝していること。
これらは並のアンソロジーがマネできないところだろう。『現代俳句のニューウェーブ』(立風書房)や、高柳重信の五十句競作などがモデルだろうか。

もちろん21人という数字、人選については、思うところがあります。編者自身が明言している凡例や意図(*)を汲んだとしても、東京偏重だとか、前衛俳句寄りだとか、現代俳句協会の方が多いようだとか、各所でなされている指摘はそのとおりでしょう。残念なことに、私が最も近しい「船団」所属の作家は、作家にも評者にもひとりも入っていません。 ですから、この人選を現在の若手俳句作家の、忠実な反映だ、ということはまず無理です。

しかしまったく無視されているわけではないわけです。池田澄子門の越智友亮氏を広義の「船団」調と認めるとして、花鳥諷詠から前衛、現代俳句、テーマ詠、と、バランスがいいとは言えないまでも少なくとも幅広さは充分受け止められる、とは言えるでしょうし、また、総合誌ではほとんど見ない、独学の作家が数名含まれているのは、見逃してはならない同書の収穫。
もし再びこの世代を対象にしたアンソロジーを作るとして、21人に漏れた数名を加えることはできるでしょうが、21人と全くかぶらないアンソロジーは、たぶん難しい(特定結社に偏向したものは別にして)。その意味で、この人選は充分合格点といえるはず。
合格点のうえに、上述の丁寧な仕事を加味するなら、1890円という値段はかなりお買い得。1800円以上の楽しみ方は充分できます。


詳しい評は書けるときに書くことにして、まずは各人への短評を明日中に掲載する予定です。  



*凡例として、「本書は、二〇〇九年元旦現在四十歳未満(U-40)で、二〇〇〇年以前には個人句集の出版および主要俳句賞の受賞のない俳人を対象に、編者間の議論を経て選定した二十一名によるアンソロジーである」とある。
 


2009年12月13日日曜日

取り合わせの時代

塩見恵介師の「取り合わせ」論が、またすこし前進している。

 今日の句もそうだが、取り合わせの句において、僕が最近意識しているのは「Yes,and・・・」の付け方である。現状・眼前を「Yes,but・・・」と懐疑(否定)的に裏返してみることによって、個人の洞察を表現することの方が、深遠な文学的世界に近づいた感じはする。だから逆に、いつまで、どこまで「Yes,and・・・」と言えるかどうか、自分に試している。これはややマゾヒスト的な楽観主義かもしれないが、取り合わせではこちらの方が、知覚を表現に移すさいに「認知」的な思考を通さないため、脈があるのではないか、と思っている。
塩見恵介「日刊この一句」12/12  http://sendan.kaisya.co.jp/ikkubak.html

引用部分は、新刊『新撰21』掲載の越智友亮「地球よし蜜柑のへこみ具合よし」の鑑賞に続いて書かれている。さらに今日は、同じく『新撰21』掲載の中本真人「めくれつつ雑誌燃えゐる焚火かな」をあげ、


いわゆる花鳥諷詠の写生派の俳句である。昨日の続きになるが、写生というのもいかに「認知」を超えるか、がテーマであることに変わりない。……今日の句は、焚火の火に一抹の寂寥ある、素敵な叙情句である。が、これが王道の写生句かどうかと言われると少し悩む。「雑誌」という属性の把握、それが「めくれつつ」「燃え『ゐる』」という動きになお「認知」の匂いがありはしないだろうか。

塩見恵介「日刊この一句」12/13  http://sendan.kaisya.co.jp/ikku.html

としている。
塩見師の議論は、目の前にある景を写す、と理解されがちな「客観写生」と、題詠即吟機知が重視されがちな「取り合わせ」との止揚点を、実作の立場からさぐっていく姿勢で一貫している。そのうえで、今回は「認知」を超えたところにできるおもしろさ、という共有点を見出している。これはおもしろい。

このブログを作ったころにうだうだ呟いていたことがあるが、現代の俳句は基本的には平井照敏が定義した「ことばによる、ことばの俳句」の時代、「CMとコピーと構造主義の時代」の延長線上にあると考えられる。(講談社文庫『現代の俳句』)
先日ふれた『小説の終焉』的な、大上段の「ブンガク観」を克服し、カウンターをくらわせるには、「ことばの時代」を突き抜けた作品、もっと言うならば「ことばの時代」の次を期待させるような作品、でなくてはいけないのだろう。
ただ、このへん実は私は不勉強でよくわかっておらず無知をさらけだすことになるが、「写生」も「取り合わせ」も本来子規が唱えたものであるし、誓子なんかも「二物衝撃」「写生構成」をお題目としている。(誓子の場合、「構成」してしまうところにあからさまな「認知」が働いて、当たりはずれが出てくるわけだ)。 「取り合わせ」の表現は「写生」と対立しなくても成立するはずであり、そうなると「写生」と「取り合わせ」だけで「次の一手」というわけにはいかないのではないか。



そういう疑問を抱えつつ、今度は『船団』83号を読む。
特集は、「取り合わせの時代」。注目はなんといっても、稲畑廣太郎氏、三宅やよい氏、中原幸子氏、の座談会。
座談会冒頭、三宅氏がさっそく稲畑氏に質問をぶつけてくれている。

 三宅 今日は率直な疑問として「虚子が取り合わせをしなかったのはなぜか」を中心にお話をお伺いしたいと思っています。
 稲畑 でね、虚子が、なんで取り合わせとか言わんようになったかといいますと、「客観写生」のときにやっぱり、主観とか、客観とか、いろいろと行ったり来たりしているわけで、そのときに行き着いた先が花鳥諷詠、十七音で季題を詠むというね、……あとは、その、配合にしてもね、取り合わせにしても、それはもう、出てきたものの結果だという、そいうような考えになったようなんですね。
稲畑氏によれば、そもそも「取り合わせ」なんて結果的にできるもので、要するに「客観写生」「季題趣味」と対立する概念ではなく、下位概念にすぎない、ということらしい。続いて、「季題以外で出てくる言葉、というんですかね、それはどれだけ季題を修飾してるかというかね、季題を行かすというかね、それが大事なことなんでしょうね」とも仰っている。 

座談会に出席している、中原氏は、先日ふれた『国文学 解釈と鑑賞』でも虚子の「取り合わせ」に関する考察を書いておられ、子規碧梧桐への対抗意識として「自流に徹した」と述べていた。
 参考拙稿 週刊俳句 Haiku Weekly: 虚子の未来・俳句の未来 久留島元 

正直私にとって疑問だったのは、果たして虚子は「取り合わせ」を意識していたのだろうか、ということである。

もちろん、中原氏が指摘するとおり、碧梧桐の行き過ぎた「配合論」への批判はある。
ただ総体から見ると、虚子は「取り合わせ」に関して言及することがほとんどなかった作者、なのではないか。
事実、『現代俳句事典』などを見ても虚子の「取り合わせ」に関する言及はほとんどない。だから稲畑氏の意見についてはなるほどと思った。
ただ、稲畑氏は具体例に基づいて発言されているわけではないので、このあたりのことはもう少し念を入れて検証しないといけないなぁ、と思っていたら、次のような記事を読んだ。
橋本直氏のブログ「Tedious Lecture」の12/5記事である。

しかし、虚子論において特に注意しなければならないのは既にできあがった「花鳥諷詠」や俳壇のドンのイメージを前提にしがちなことで、そもそも虚子が取り合わせ論を否定したのは、ライバルとなる碧梧桐一派が新規な表現をおりまぜた一種の「取り合わせ」を作句の方法論の主力としていたからだと思う。……虚子が一作家の発見成長として、最終的に作句方法としては「取り合わせ」を採用しなかったように見えるとすれば、それは結果への説明の後付けというものではないだろうか。


橋本氏の意見を参考にすれば、稲畑氏や私の印象論も、中原氏の論考も、一面では当たっているわけで、むしろ長命な虚子の句業というか俳句観を、一体のものとして見るほうが誤りなのだ。
常識なのだが、専門外ではついついずさんになってしまう。反省をこめて記録しておく。




『新撰21』が各所で話題。
朝日俳壇の時評欄でも、小澤實氏が『新撰21』をとりあげておられる。

そこで紹介されている俳人は越智友亮、中本真人、関悦史、の三人で、偶然ながら塩見師が紹介されているラインナップとよく似ている。
越智氏は最年少(小澤氏は池田澄子門、として「前衛の流れにある作家」としているが、越智の句風「前衛」であらわすのはちょっと無理がある)、中本氏は客観写生代表、関氏は前衛代表、といったところか。

収録作品は多種多様であった。昭和俳句が生み出した様々な形が、今も若手作家の中で生きているのを見たのは驚きだった。
もうひとつ、湊圭史氏のブログ「海馬」で、『新撰21』登場俳人について連載記事が掲載されている。興味深いのは、越智、藤田、山口、佐藤、谷の5人までで、「第一部」というまとまりを感じているところ。
大ざっぱで感覚的な印象で書かせていただくと、この5人は個々人非常に個性的なかたちでだが、俳句形式と邪気なく遊べているのではないだろうか。もちろん創作には苦しさや戦略的創意工夫もともなっているに違いないが、伝統から、あるいは現代から、過度の圧迫を受けていない。


越智から谷までの5人はまったく違う作風なのだが、共通点があるとすればこの5人はまさに「俳句甲子園」出身である、と言うこと。
もちろん『新撰21』にはもうひとり重要な神野紗希さんがいるが、個人的な印象でいうと、紗希さんは「甲子園的第一次世代」である。

紗希さんが優勝した第四回は、甲子園が初の全国大会になり、僕や山口優夢、佐藤文香が初参加した年である。このころから甲子園のルールが整備され、審査員も充実し始めてきた。いわゆる俳壇の文脈とは違う「甲子園」の文脈が機能したはじめたのが、第四回・第五回あたりではなかったか。
それ以前の、第三回以前の地方大会時代、いわば「黎明期」を知っている紗希さんや、それから森川大和さんらには、年齢ではなく「世代差」を感じるのである。
それが「無邪気さ」の背景にあると考えるのは、安直ではあるが、意外と的を得ているのではないかと思う。 



ところで、実はまた『新撰21』を入手していないのですが、(おそらく来週中には購入できるはず) 山口優夢氏の100句作品は角川応募作とは随分印象が違うようです。このあたりも非常に楽しみ。

 

2009年12月10日木曜日

雑記


あんまり投稿が滞ってますので、埋め草に。
いつも以上にとっちらかった雑駁な内容となります。



前回(もう三週間も前だ…) 山口優夢氏の50句作品を読ませて貰った。
書いたとおり、最初は優夢氏の「○○を読む」シリーズのパスティーシュのつもりだったのだが、書いているうちに結局あんまり似ていない、別のものになってしまって、まあそれはそれでいいかと思ってそのままにしておいた。
それはともかく、優夢氏の作品を、私は「独白」と評した。 もちろん俳句が一般的に「独白の詩」と呼ばれることが多いのは承知の上である。
だが、たとえば次のような句は、「独白」というよりも「朗唱」に近いといえる。
  雪嶺の大三角を鎌と呼ぶ  山口誓子
  秋の航一大紺円盤の中  中村草田男


彼の句の、対象物との距離の置き方、人に押しつけるでもなく「納得している」としかいいようのないマイペースぶりが「独白」ぽいのである。ただ、そこに、俳句の文体に回収されない「奇妙さ」が残るかどうか、つまり、読者の予想していない展開があるかどうか、それが作品として残るかどうか、ということになるだろう。
よく話題にあがる
  焼酎や親指ほどに親小さき
なども、後半の「独白」の奇妙さは面白いのだけれど、上五の季語の斡旋がいかにも親を前にしてありがちな状況設定なので、そのあたりをよく指摘されているようである。



話は変わるが、板垣恵介という漫画家がいる。 →
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%9E%A3%E6%81%B5%E4%BB%8B
いわゆる「格闘漫画」で知られている作家である。
少年漫画誌と思えない作風の多い『チャンピオン』作家のなかでも読者を選ぶ漫画家のひとりだが、代表作『グラップラー刃牙』は、タイトルを変えながら二十年近く連載が続いており、現在の「格闘漫画」のスタンダードを築いていると言っていい。
個人的には板垣氏は「格闘漫画家」でなく「漫画家」として非常に優れた作家だと思っており、特に劇画村塾(小池一夫主宰)仕込みのキャラクター造型については当節右に出るものほどの存在感がある。
その板垣氏の作風を一言で表したのが、

「予想は裏切る。期待は裏切らない」

というキャッチフレーズ。このキャッチフレーズほど、「連載」ということを強く意識した言葉もない。「連載」の面白さはまさに、毎週いいところで終わって次を「期待」するところにあり、また次週を「予想」しつつ、それが裏切られること、に違いない。
近ごろの板垣氏は、どうも読者の予想を裏切ることを優先して展開を変えている節もあり、その結果どんどん話がズレていってどこへ終着するのかわからない状況になっているのだが、それでも「予想」と「期待」の端境でこそ作品を読む愉悦があるのだ、ということを、板垣氏は熟知しているのである。



真銅正宏『小説の方法』にとりあげられていた、川西政明『小説の終焉』(岩波新書)を、いまさらながら読み始めた。

が、正直いって失望である。
内容については、見返し広告に要領よくまとめられている。

二葉亭四迷の『浮雲』から始まった近代小説でテーマとされてきた「私」「家」「青春」などの問題はほぼ書き尽くされ、いま小説は終焉を迎えようとしている。百二十年の歴史が積み上げてきたその豊穣な世界を語るエッセイ。

扱うテーマは「性」「神」「死」など多岐にわたるものの、本書自体はこれ以上でもこれ以下でもない内容だ。  指摘されている問題点はまさにそのとおりなのだが、では「私」「家」「青春」は、そんなにも「小説」の王道だったのだろうか。 川西氏が挙げる「小説」は、たとえば島崎藤村、徳永秋声らの私小説であり、志賀直哉、藤枝静男らであり、三島由紀夫や北杜夫の自伝的小説であり、永井荷風、吉行淳之介らの性遍歴を描く小説である。そして、たとえば藤村『家』を紹介する筆致に象徴的なように、あまりにも私小説的、モデル論的である。
『家』は一八九八(明治三十一)年夏から一九一〇(明治四十三)年夏までの十二年間にわたる藤村の自我の成長及び家からの自立と一族の滅びの歴史の記録である。三吉(藤村)の家と橋本(高瀬)家と小泉(島崎)家の歴史が重なっている。
(本書P.17)

私小説を「藤村の自我の成長」としか捉えられない視点で見るとき、こんな切実な「家」や「性」の問題を抱えている現代人はまずいないだろうし、問題に直面したとしても克服ないし回避する手段が、現代であれば残されているだろう。だから、作者の切実な生を背景とした「自我の成長」を期待するなら、もう「小説は終焉を迎え」るしかない。
しかし、である。
小説は、それだけなのか。
切実な小説は、切実な生のもとにしか生まれないのか。
あるいは、切実な生は、切実な条件下にしか成立しないのか。
いや、そもそも、切実さだけが、小説の価値なのか?
その視線こそが近代文学史を曇らせている最大の誤りではなかったか。

なにを言ったって時代は進んでいるのだし、これまでも進んできたのである。
切実でない時代に、切実でない作品を生み出すのも、また時代の所産なのである。
切実でない時代を、切実に生きて作品を生み出しても、また時代の所産なのである。
百二十年の歴史を簡単に貫くテーマがあるなら、むしろ小説の進度の遅さが心配である。 軽々しく「終焉」を唱える人びとは、「昔は、近所付きあいがあってよかった」と居酒屋で管をまくオッチャンたちと、大差ない人びとである。
年寄りは、気楽でいい。



うむ、書いているうちに意味もなく取り乱してしまいました。こんな当たり前の昂奮をネットの辺境でぶちまけることこそ、最大の無意味なのである。 反省。くるりんぱ。



明るい話題を。 21世紀、若手アンソロジー『セレクション俳人+新撰21』(邑書林)、刊行されたようです。  
http://8015.teacup.com/younohon/shop/01_01_03/644-5/

大学生協を通じて注文させていただきました。 このメンバー、この企画にして、1890円は意外にリーズナブル。 注文はリンク先、邑書林さんまで。
また、 執筆者のひとり、山口優夢氏のご厚情により、出版記念祝宴にも参加させてきただけることになりました。久々に会う友人たちも多いので、たいへん楽しみ。
年末は、忙しくなりそうです。