2020年3月8日日曜日

【転載】京都新聞2020.02.11 季節のエッセー(9)

「梅の香り」

長浜盆梅展の名は滋賀へ移り住む以前から知っていたが、見たことはなかった。
規模、歴史、ともに国内一といわれる梅限定の盆栽展。梅だけ。
盆栽を見る趣味のない素人が行って楽しめるのか。不安もあったが、昨年、せっかくなので妻と二人で乗り込んでみた。
明治二十年に建てられた慶雲館(けいうんかん)平日なのに次々と人が入っていく。
案内に従って進むと余寒ただよう大座敷に、梅の古木を植えた大鉢が、どかん、どかん、と遠慮なく並べられていた。
空間いっぱいにねじれて広がる黄梅。
太い幹にびっしり咲いた紅梅。
一見、枯れたように痩せた枝に咲くささやかな白梅。
今にも折れそうなほど細いものもある。どれも百年二百年、中には四百年といったキャリアもあって、それ自身の生命力とともに、守り伝えていった人たちの努力に圧倒される。
ところで盆梅にはそれぞれ銘が付けられたものがある。
古木でも無銘のものがある理由はわからなかったが、枝ぶりが龍っぽいとか、痩せて仙人に見えたのかなとか、銘の由来を考えながら見るのも楽しみ方の一つだろう。漢詩や和歌にゆかりと思われる命名の中に一つ、気になるものがあった。
「乱馬」
あれ、どこかで見たような。というより私たちの年代だと、どうしても一つの可能性しか思い至らない。まさか。
同行の妻を呼び止める。やっぱり同じ反応。まさか。乱れ馬に見えたのかな。それにしては大人しい。でもこんな言葉、一般にあるか。
ぼそぼそ話していたら、ボランティアガイドの方が「マンガが由来だそうですよ。山口さんという方が命名で」と説明してくださった。やっぱり。
長浜市「声の観光大使」をつとめる声優の山口勝平氏が、同い年の盆梅を、出世作となったアニメ「らんま1/2」の主人公早乙女(さおとめ)(らん)()(ちな)んで命名されたそうだ。
高橋留美子さんの原作で、再放送をふくめ何度もくり返し見たアニメ。印象的なオープニング、エンディングのテーマ曲が頭の中で何度もくり返し再生される。意外な取り合わせだが、梅からしてみれば、漢詩に因もうがアニメに因もうが、人間の勝手な都合かもしれなかった。
梅の香に包まれた一日。
とはいえこの日、梅の句は一句もできなかった。