2013年7月24日水曜日

季語 「うに」


おひさしぶりです。

先月末がみょーに忙しかったあと、7月に入ってからもこまごま作業があったりして、いろいろしたいことができておりません。blogもずいぶんほったらかし。

埋め草程度に、最近すこし気になったことを書きつけておきます。
備忘録。


spicaの堀田季何さんの連載は、英語俳句とその意訳、翻訳にまつわるあれこれを書き綴っていて、いままで正面から考えたことのない話題なのでなかなか興味深い。

海外俳句に関しては語るほどの知見を持たないのでさておいて、先日目にとまったのは次のような文章。
わが国では、海胆(雲丹)は春の季語とされているが、そうなったのは明治以降である。・・・・・・産卵期は種類によって異なり、エゾバフンウニは6月~11月、アカウニが10月~11月、ムラサキウニが5月~8月、バフンウニが1月~4月という具合である。また、漁の時期も、同じ北海道でも場所によって異なり、日本海側では5月~8月、オホーツク海方面では羅臼が2月~5月、雄武では4月~6月、襟裳では1月~3月に行われるそうである。比較的人気のある「季語」であるが、はっきり言って季語ではない。どう考えても通季の語彙、歴史的にも季語としては怪しい。歳時記から削除した方がよい。


途中省略、下線は引用者による。

さて、私はウニに関しては一切知見を有していないのであるが、「はっきり言って季語ではない」という大胆な物言いにはいささか引っかかりがあったので、少し調べてみることにした。

まずウニの種類である。
国内で食用に水揚げされるウニはバフンウニ、 ムラサキウニエゾバフンウニ、 キタムラサキウニなどが中心です。・・・日本人が食べているウニの、なんと9割は輸入ものなのです。



ふむ、これだけでも知らなかった。あまちゃんが岩手でとっているので、たくさん獲れるものと思っていたが、日本人のウニ好きは国産では収まらなかったようである。

さて、こちらのサイトでは年間水揚げ予定表も掲載されている。これによれば最も盛んなのは5月ごろ。

そうすると、季節を「晩春」とする現行歳時記と大きな差はないのでは、と思える。
ちなみにこちらでも旬は「4月~8月」となっており、ここからすれば「晩春から夏にかけて」とすべきだが、季語はおおむね早めにとるのが通例なので、こちらも無理はない。


いや、そもそも季語なんてものははっきり言って「お約束」のたぐいであるから、詳しく検証するとかなりいい加減なことが多い。

(関係ないですが、「巨人の星」星一徹の怒り方として知られる「卓袱台返し」は作中では一回しか披露しておらず、アニメのOPで繰り返し流れたので定着したそうですね。・・・すみません「お約束」がいい加減なものだということで思い出しました)

とはいえ、いい加減はいい加減なりに、当時にとってはそれなりの根拠があり、判断の基準があったに違いない。そうした状況をふまえずして一方的に断罪するのは、これは後世の、あるいは誤った科学的見地からの、おごりと言うべきである。

そういえば以前、橋本直さんが季語「熊」に関する調査を行っていた。


これによれば、「熊」は馬琴の季語集にも入っておらず、近代になってから成立した季語とみられる。
本来は「熊」は冬眠していて見られないはずだが、アイヌの「熊祭り」の知識や、北海道に入った開拓民が籠もる場所を追われて迷い出た熊に遭遇した経験、などが重なり、狩猟の時期として「熊」を冬季に設定したのではないか、という。

「熊」に限らず、「猪」や「狼」など、一年中うろうろしているのに「冬」に設定された動物は多く。
つまり食用・狩猟用でない「熊」「猪」は、厳密には季語の本意ではないのだろう。
ちなみに私は近所で見かける「猪」を詠むときは無季で読まれてもよい、という立場である。

(写真は地元で撮影したもの。神戸は猪が日常的に見られる住宅街として一部に有名である)

なお、この調査は丁寧に手順を追って説明されているので、今後この手の、季語の成立に関する疑問を持った人はすべからく参考にされることをオススメする。



ここまで書いて、人にすすめておいて自分がネットだけを頼るのもよくないだろうと、大学へ行ったついでに少し調べておいた。

簡単に書いておくと、たしかに馬琴『俳諧歳時記栞草』にも「ウニ」は立項されておらず、やはり近代に入ってから季語の仲間入りをしたと考えてよいだろう。

虚子編『俳諧歳時記』(改造社、1933年)では、「海胆」が夏部に立項されており、和漢三才図会などの解説が引かれている。(旧字を新字に改めた。以下同)
季語解説には「肉食ふべからず。その卵を採りて練りて塩辛とせるものをも「雲丹」と云ふ。酒家の好下物として賞翫せらるる所、越前雲丹、対州雲丹品質よく名あり」とある。

さて、今回話題の季節については、
海胆の産卵は一年に三四回あれど、その最終は大抵年一回、産地によりて時期を異にす。越前にては夏季の土用、奥羽は五六月、吸収は寒中に限るとあり。
とあり、おそらく「品質よく名」ある越前雲丹の時期をとって夏季になったと思われる。

ということで、いくら「お約束」とはいえ、まんざら根拠のないことではないらしい、ということまでがわかってきた。



しかし、そうすると、ではこれがなぜ現行では春季になるのだろう?

・・・これを調べようとすると、大正から現行にかけての歳時記を調査していかなくてはならず、大学図書館で二、三の歳時記については調査したものの、徹底するまでに私の興味は尽きてしまった。

ということで、「うに」についてはこれでひとまず調査終了。
気が向いたら、また続きを書きます。