2020年11月9日月曜日

【転載】京都新聞2020.10.13 季節のエッセー(16)

「正倉院展」 

奈良国立博物館の正倉院展は今年、七十二回目を迎えるという。

NHKの紅白歌合戦が七十一回目だそうなので、それより一回多い。
そろそろ年中行事として歳時記に掲載されてもよいのではないか。

ご存知の通り、正倉院は聖武天皇遺愛の品などを中心に収蔵した東大寺の宝物庫。
そこから特に奈良時代の息吹を感じられる名品だけが選ばれる展示会なので、大変なにぎわいになる。
私は行ったり行かなかったりだが、例年、NHKの番組でとりあげられた翌日は長蛇の列ができ、一時間、二時間待ちも覚悟しなくてはいけない。
奈良国立博物館は京都に比べ、どちらかというと地味、といって悪ければ通好みの企画展が特徴だと思うが、正倉院展だけで一年の収益をほとんどまかなっているのではないかと疑っている。

幾何学模様を組み込んだ華麗な毛氈。
鮮やかで緻密な螺鈿細工。
輝く象牙の調度品。

大陸から渡来したものも多い。

ガラスケースのなかに鎮座する名宝をぐるりと取り巻いた観覧客が、口々に嘆声をあげる。

「昨日テレビで見たやつ」
「すごいねえ」
「きれい」

古代の美に圧倒されながら、現代では失われた技術を思う。時代が進んでいると思っているのは現代人のおごりで、進化したのではなく比重が変わっただけかもしれない。

聖武天皇が積極的に仏教をとりいれた理由もよくわかる。
国際化が叫ばれて久しいが、日本史上、もっとも国際的に開かれたのは奈良時代だったのではないだろうか。
唐風の都大路に仏教寺院、大陸趣味の調度品をとりそろえ、きっとかなり背伸びして、異国文化になじもうとしていたに違いない。
現代では使い方がわからない小物もあるが、そもそも当時の日本人たちはどこまで使いこなしていたのだろう。

ところで奈良国立博物館のミュージアムショップでは仏足石や蔵王権現、天女像などしぶい仏像をゆるキャラっぽく描いた「元気の出る仏像」シリーズが人気で、オリジナルのスタンプやTシャツが販売されている。
今も毎年正倉院展に通っている妻は、「走り大黒」がお気に入りなのだが、近年この像は中国の感応使者という神像ではないかとされるようになった。
渡来の神像が日本で別の神格である大黒天だと思われたうえ、現代ではゆるキャラに生まれ変わった。

悠久の歴史は、そんな転生譚も伝えている。