すでにご紹介したイベント記事、近くなってきたので再掲。
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まず、6/20 は『超新撰21』応募〆切
応募枠はたった2人、ということで、全国の新人Under50のなかで、2人というのは余りにも少ないような気がするし、21人中の2人ではせっかく「応募」の意味がないような気がするけれど、それでもまぁ、面白そうな企画ではあるし、一度喜んだ手前、再掲。
今年の角川俳句賞には余裕がなくて出せなかったのですが、こちらは既発表100句なのでじっくり考えて出したいと思います。
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翌週、6/26 は、大阪俳句史研究会のイベントがあります。青木亮人さんとわたなべじゅんこさんによる対談です。
すでに書いたとおりですが。本来、お二人にお世話になっている私は一番に駆けつけて最前列でニヤニヤしていたいところ当日わたくしは本業の関係で広島におりますので、誰か行かれる方は感想聞かせてください。
曾呂利亭雑記:新聞記事 付告知
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これはついでに。
7/31、伊丹に佐佐木幸綱氏・宇多喜代子氏・坪内稔典氏の鼎談があります。
―短歌と俳句の交響 第二弾―短 歌 も 俳句 も
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で、これは告知ではありませんが、以前からちょっとずつ触れていた坪内稔典『モーロク俳句』について、高山れおな氏が満を持して言及。
→ ―俳句空間―豈weekly: 坪内稔典『モーレツ俳句ますます盛ん』
きっと高山さんなら違和感を覚えるだろうなぁというポイントに、まさに言及されています。 全体を通じて俳句評論史を正確に押さえた把握であり、私のような、にわか勉強の人間にとってはとても有益な批評である。 にも関わらず。 いつもの明晰な論調が、今回はうまく着地していないようにお見受けします。 結論は、いずこ?
高山氏は、坪内氏が俳句の特質として注目する「句会」の在り方について、先日の「鶏頭論争」のときにも異見を述べていたが、ここでもきわめて厳しい見方をしている。
しかし、問題は本当に句会に他者など居るのかということで、上記引用の「他者」を「仲間」に入れ替えても文章が完璧に成り立つのでもわかるように、実態としても句会に居るのは他者というよりは仲間であろう(だから句会が悪いと申しているわけではありません、念の為)。……一方で、仲間でしかないものを他者と呼び替えて、制度的な実体として固定化してしまえば、本来の批評は隠蔽され、その先にあるのはナルシシズムでしかなくなる恐れはないのか。実際、「e船団」における坪内の仲間褒めのはなはだしさを見ていると、その危惧が半ば当たっているような気がしないでもない。
高山れおな、前掲記事
仰っていることはよくわかるが、それじゃあ「仲間」に置き換えられない他者の視点というのは可能なのか、疑問。理論上の厳密な他者ではなくとも、個として別の人の視線を自然に意識する「句会」のシステムは「私」に閉じこもりがちな他文芸と決定的な違いがあるのは、これは実感として当然ではないか?
普通、文章というのは最後に結論を述べるものだと思うが、今回の記事の結びは次のようなものである。
じつは俳句というのが全然辺境でなかったりする可能性はないのでしょうか、日本語においては。「自己、正義、理念」が位しているべき場所に、よりにもよって「俳句」が席を占めている。二十年来のわが国の政治状況を見ながら、わたくしの中で半ば確信となりつつある悪夢です。恐怖と申しても過言ではありません。第二芸術論は結局のところ無力だった、ということでしょうか。不幸にもなのか、幸いにもなのか、なにがなんだかわかりませんが。高山氏の「悪夢」というのは、六十年前の桑原武夫氏的な恐怖、些末な断片主義こそが日本文化の中枢に居座っているという恐怖ないし嫌悪と捉えて良いのだろうか。そうだとすると、その恐怖が結局は日本の伝統文化的なるものと西洋文化的なるものとの差違に過ぎず、その差違をなくそうとした桑原的衝動は「西欧中心主義への反省が欠如していた」(*1)というべきなのは自明ではないのか。またその中心主義が中心に据えてきた価値観自体が揺らぎつつあり、いうなればすべて中心ではなくすべて辺境たりうる、という世界的現状全体に対する悪夢というべきであり、日本語に特化した問題ではないように思う。
もちろん現実として、辺境たるべき「俳諧」「俳句」が正統の日本文化・日本語の中心のような顔をして君臨していること、はいささか空寒いものがある(*2)。しかし「辺境」「遊び」「不真面目」を主張する坪内流俳句がそうした中心にいるような俳句に対するアンチテーゼであるのはいうまでもないだろう。
ま、とりあえず、高山的立場と坪内的立場の違いに対する私の見立ては結構いい線いってた、ということで。自賛。
※ 6/15補筆。
高山さんの文章中、どうしても納得がいかないのは以下の部分である。坪内氏が「菊作りと俳句作りの楽しさは同じ、そして俳句作りとパチンコをする楽しさも同じだ」、と述べている部分に対する批判である。
なるほど、ひとりの人間の生活において、俳句と菊作り、あるいは俳句とパチンコが等しく楽しく重要であることはあり得る、という以上にありふれた光景に違いない。そしてまた、それらの世界にも四Sのごとき伝説の名人や、藤田湘子のごときすぐれたハウツー本の書き手がいたりするのであろうが、坪内のような気難しい顔をした批評家がいないことだけは確かなように思われる。つまりやはり両者は同じではないのである。そうだろうか?
私はパチンコを知らないが、少なくとも身内にはパチンコを好んでかるい蘊蓄を垂れてくれる人もいるわけで、それを商売にする人がいてもなにもフシギはないと思う。
それは措くとしても、だからこそ坪内さんの文章にはある時期から明確な変化があらわれ、問題となっている一著も「本としての統一感はあまり感じられない」ものになった、のではないのか。
批評であればまず、その統一感のなさが奈辺に起因するものであるかを問うべきだろう。(統一感のなさに気づかないとか、それを当たり前と飲み込んでしまうのはおすすめできない)
問いの答えは自明である。
現在の坪内氏にとって、俳句が桑原的批判に正面から応える「芸術」ではなく桑原的批判を飲み込んでしまう「遊び」にすぎなかったことを証明し、かつその答えを導くに至った自らの変化の軌跡を見せたかった、のに他ならぬ。俳句が、ふつう文学を論じ政治、思想を論ずるのに使われるような「批評」に適さない、「遊び」であることを証明するために。
この坪内定義に抗うならば、それこそ正面から生真面目に、俳句の「文学性」なり「芸術性」なり、なんでもいいが、「文芸」の価値が娯楽以外の別の面から評価することができるか、という問いに答えて貰わないといけないと思うが、どうだろう。
少なくとも私は、この問いに対する答えはしらない。
*1 講談社学術文庫『第二芸術』の「まえがき」による、桑原氏自身のことば。
*2 たとえば、本来は歌語であり和歌に発する全ての文化に共通する季語感覚を俳句独自の価値観であるように夢想したり、芭蕉の捻出した概念を絶対視して“禅 zen”の境地として世界に誇る日本文化と喧伝したり、という「中心」面をしている俳句と、あくまで口語・遊びにこだわる坪内流俳句が同一視できないのはいうまでもない。
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