2015年4月23日木曜日

ありがとうございます。


3~4月で、俳句をふくめ短詩型関係の人とやりとり・会う機会がたくさんあって、そこで考えたこと、思ったことをメモしつつ、「下書き」状態で放ってあるので、はやくアップしなきゃいかんのですが・・・。

ありがたいことに、『関西俳句なう』(本阿弥書店)刊行から、拙句をとりあげてくださる方が。

きつね来て久遠と啼いて夏の夕  久留島元  spica よむ

2015年4月17日 ねんてんの今日の一句

『関西俳句なう』 週刊「川柳時評」

「奇譚のかけら 久留島元の一句」 俳句的日常

どなたさまも、ありがとうございます。

書籍で句をまとめると、いろいろな方が反応してくださるのでありがたいですね。

今回、句群のタイトルを「妖怪の国」としました。
はじめは無題だったのですが、編集の過程でやはりタイトルあったほうがいいだろうということになり、
  日本は妖怪の国春の川
から採って、「妖怪の国」。

わたくし「妖怪」好きですからね。俳句よりもつきあいは古い。深い。
国文学を研究しているのも「妖怪」が好きだからだし、論文は「鬼」や「天狗」ばかり扱っているし、日ごろの交流も「妖怪」「恠異」の探求、研究が好きな方々が多い。
ですからまあ、周りからも「妖怪」俳句を作れと言われますし、自己紹介がてら作るときもあったり。
ということで、半ば冗談で作った俳句、つけたタイトルなのですが、結局はわたくしの本性はそこだ、ということでしょうか、全体的に「そーゆー流れ」で読んでいただくことが多いようです。

妖怪俳句。奇譚。

そうなんや、と。

本人、そこまで全体に「妖怪」づくしとは思っていなかったのですけど。
というか、私の句はほとんどが句会や、依頼にもとづいて、〆切間際に「えいやっ」で作る句なので、一貫した世界があるとは思っていない。
基本的に、俳句は句会のもの、句会ごとに大半が消えていくものという認識なのです。

むろん、句を並べる、編集のときには多少の意識もあり、細工もしますが、むしろ、妖怪研究の立場からすれば、読者・俳人柳人の方々が、こういう句をすべて「妖怪」的、と認識している、ということも興味深い。

  きつね来て久遠と啼いて夏の夕
も、これは東京の友だちと句会をしたときに(会場は銀座ルノワールでした)、席題で「久」が出て。
そうですね、久留島の久。それで作った句。深い考えはない。
それが、いろいろの方にとりあげられると、育ってくる。
ありがたいことです。

作者の認識とか思い入れと別に、読者に育てられる。
これは、大変幸福なことと思います。俳句は、少なくとも私の句は、できる限りそうありたいと思っています。



で。
一般に句集・書籍が出ると、好意的評価で書いてくれる人が多いし、また私自身も句集評頼まれれば基本的には「よく」読もうとする。
ですが、一方で「アンソロジー」という形式は、「ここはいいけどここはダメ」と言いやすい形式でもあります。全面否定ではないからね。

久留島個人の句やスタンスへの批判もふくめ。

いろいろな評価、批判をうけて、『関西俳句なう』(本阿弥書店)が、ひとつの起爆剤として、話題になることを期待しています。


追記2015.05.16

閑中俳句日記(別館) -関悦史-  【十五句抄出】『関西俳句なう』

俳句雑誌ににん 受贈著書

スピカ きりんのへや なうなう①
スピカ きりんのへや なうなう②
スピカ きりんのへや なうなう③

『増殖する俳句歳時記』 ハイヒール山に突き刺し夏に入る 加納綾子
『増殖する俳句歳時記』 飛行機が大きく見える夏が来る 中谷仁美


2015年4月1日水曜日

新年度


エイプリルフールですが、いたって通常運転、新年度の告知から始めます。

若手による若手のための俳句講座「俳句ラボ」 新年度受講生募集!

関西在住の若手俳人 杉田菜穂、久留島元、藤田亜未の各講師が、俳句の作り方や鑑賞の方法などについてわかりやすく、楽しく教授。魅惑的な俳句の世界へエスコートいたします。句作の経験が無くても大丈夫。実作を中心に実践的な句会を体験していただく、ユニークな内容も予定しております。ぜひお気軽にご参加ください。

  • 対象:49歳以下で俳句に興味がある方ならどなたでも。
  • 日時:毎月第2日曜日、午後2時~午後5時
  • 場所:柿衞文庫
  • ガイダンス(6月14日 全講師参加予定)
    1. 基本を学ぶ(7月12日・8月9日・9月13日 講師:杉田菜穂)
    2. 詠む読む俳句(10月11日・11月8日・12月13日 講師:久留島元)
    3. どんどん句会(平成28年1月10日・2月14日・3月13日 講師:藤田亜未)
    4. ※ガイダンスは、無料でご参加いただけます。
      ※受講者は、講座終了時に作成する作品集(講師、受講者の作品などを掲載予定)に作品をご掲載いただけます。
  • 受講料:
      全テーマ一括:5,000円
      1テーマ:2,000円
      6月のガイダンスは無料
  • 問い合わせ・申し込み:
      電話(072-782-0244)で公益財団法人柿衞文庫まで


俳句ラボも、ありがたいことに4年めに突入。
はじめは、そんなに若い人が来るのだろうかと不安ななかで始まりましたが、毎年少しずつ違った参加者を得て、また継続してくれる人もいて、ゆるゆるとのびやかに継続しております。

今年は講師もすこし変更があり、藤田亜未さんが参加。
ますます若返った、活気ある句会であり、講師陣も受講者もあまり区別なく、一緒に試行錯誤しながら、俳句について考えている「実験室」です。

テレビで関心を持ったというまったくの初心者でも、
俳句は好きだが結社に入るのはまだちょっと、という人でも、
あるいは結社句会では同世代に出会えないと苦労している若手作家でも、

どなたでも歓迎です。
よろしくお願いいたします。


で、新しくなった「俳句ラボ」を起点に、新しい試み。

伊丹俳句ラボというHPを立ち上げました。

俳句ラボの講師と受講生が曜日ごとに担当し、毎日更新をめざして一句紹介します。
まだ試験運転という感じですが、これから充実させていけると思います。
トップバッターは、杉田菜穂(「運河」)さん。

ほかは、塩見恵介、藤田亜未、久留島(「船団」)、瀬越悠矢、仮屋賢一、野住朋可(ふらここ)という顔ぶれ。
こういう、結社や既存のグループを超えて、新しい場を起点に気軽に発信していけるのが、ネットツールのいいところですね。

久留島は土曜日に登場します。よろしくお願いします。



そういえば。

たゆまず継続更新されているspicaの、「つくる」コーナー、今月は岡田一実さんが登場です。


先月の進藤くんが更新しなくなってからは、どうなるかと思いましたが。。。
岡田さんは先年現代俳句協会新人賞を受賞されてから破竹のご活躍、あっちこっちで目にするようになりました。
発売されたばかりの『関西俳句なう』(本阿弥書店)にも参加してもらって、私の往復書簡相手をしてもらっています。
以下、『関西俳句なう』所収「白鳥」より。

 うなみさなみ帽子飛ばされそうですわ
 髪洗はれて吾は王の血を継ぎし者
 われわれの凧の不出来が昇り来る
 のうぜんかづら地球から落っこちる
 胎内に一回休む絵双六

2015年3月28日土曜日

関西俳句なう


むかしむかし・・・

関西俳句なう」というHPがありました。

「船団の会」所属の若手会員6人が、関西(西日本)ゆかりの若手作家の句を毎日一句ずつ紹介するというもので、2011年1月1日から12月31日まで、1年間活動していました。

「関西」「若手」といったキーワードにこだわったのは、既存の「俳壇」「俳句メディア」に対するアンチテーゼ、マイノリティとしての自己主張でした。
すでに俳句甲子園出身生の活躍や、若手を対象とした俳句賞の設置などで同世代の作家に注目が集まっていましたが、どうしても注目は関東近郊に住む作家に集中しており、地方に住む作家は、実力に比べてスポットがあたることが少ない、と感じていたからです。
これは、関東の人たちが意識してやっていることではありません。
誰だって面白い作家に会いたいし、関東で活躍している作家のなかには地方出身の作家もたくさんいる(むしろ東京在住者の多くが地方出身者)。
しかしコストや物理的距離を考えると、やはり地方に目を向ける余裕は少ない。ごく自然な流れなのですが、むしろ無意識だからこそ、対処できない。改善しない。

だからこそ、あえて「関西」「若手」というマイノリティを前面に出し、いささかの押しつけがましさ、カッコ悪さを感じつつも「関西俳句なう」というテーマ、キーワードで、活動してきたのだ、と、改めて言うことができます。

「関西俳句なう」の活動がわずか1年間で終了したのは、実は「船団の会」が企画する書籍化をめざした企画だったからでした。
情報がどんどん流れていってしまうインターネットではなく、書籍という形で、きちんと若手の作家たちをとりあげたい、という意図があったのです。

しかし、諸般の事情で書籍化は遅れに遅れ、いつしか人は「関西俳句なう」のことも忘れ果ててしまいました。。。



2015年3月。

「関西俳句なう」は、ついに書籍化されました。



帯が映っている書影がなかったので、個人撮影でご容赦ください。

本阿弥書店さんより、1600円(税別)。
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106520130/subno/1
加納綾子VS黒岩徳将 
二木千里VS三木基史 
山本たくやVS手嶋まりや 
山本皓平VS山澤香奈 
藤田亜未VS涼野海音 
久留島元VS岡田一実 
舩井春奈VS伊藤蕃果 
藤田俊VS乘富あずさ 
河野祐子VS羽田大佑 
中谷仁美VS森川大和 
工藤惠VS杉田菜穂 
塩見恵介VS若狭昭宏 
朝倉晴美VS新家月子

「船団の会」所属の若手作家13名と、
関西(すこし広げて西日本)の若手作家13名の、
往復書簡形式による作品50句と作品評が中心となり、
また「船団の会」会員によるミニエッセイがたっぷり詰まった本です。


内容については、実は基本的には企画当初の2012年初のままなのですが、発刊が遅れるなかで2015年現在を最大限、現実路線の中、掬う努力や微修正がなされたもの、と理解しています。
人選、惹句、コンセプト、等々、多くの議論を重ねた上での結果なので、今はただ、無事の出版に、感謝することがいっぱいです。

収録作家のなかには、2012年から2015年までの間に、おおきく注目度が変化された方もいます。単純に受賞や句集を出されただけでも、

 黒岩徳将(第5回、第6回石田波郷新人賞)
 山本たくや『ほの暗い輝き』
 涼野海音(第4回北斗賞)『一番線』
 岡田一実(第32回現代俳句新人賞)『境界』
 杉田菜穂『砂の輝き』
 藤田俊(第5回船団賞)
 工藤惠(第6回船団賞)

など。

しかし、それ以外にもまだまだ面白い作家たちの作品と、本音が、しっかりと反映された本になりました。


「東京がなんぼのもんじゃい」


あえての「関西俳句なう」、お楽しみいただければ幸いです。



参考.
【エンタがビタミン♪】“東京に魂を売った芸人”はFUJIWARA・藤本敏史。大阪人の多くが回答。
http://tairyudo.com/tukan02/tukan3195.htm


2015年3月21日土曜日

かみがた


桂米朝さんが亡くなった。

高座に上がられなくなって、入退院をくり返しているという記事は何度か目にしていたので、突然の訃報にも、驚きはそんなにはなかった。
ただ、落語ファンとしては年季の浅い私でさえ、ひとつの時代が終わった、という空虚感でぼんやりしてしまう。
落語は、子どものころはテレビでやっているのを見るものだったが、たしか高校のときに枝雀さんが亡くなり、「生きているうちに聞きに行かないと死んでしまう」と思った。
それから米朝一門会に何度か見に行っているので、幸い、米朝さんの高座には間に合った。それでも、先代・桂文枝さんや、桂吉朝さんには、間に合わなかった。

「百年目」の、優しくて粋な「旦さん」が好きだった。これは幸い、ビデオテープにも録画がのこっている。
高座で「…いま思い出しましたけど」と言って始まる枕の小話が、好きだった。演出なのか本当かわからないが、「いま」だから聞ける、という喜びがあった。
「地獄八景」や「はてなの茶碗」は、米朝さんのを見ることはできなかったが、米朝さんが復活させてくれたから楽しむことができている。
米朝さんが上方落語を守ってくれた、そのあとで生まれてよかったとつくづく思う。
米朝さんの落語を聞き、楽しめる時代に育ったことを、本当に感謝している。



朝日新聞大阪版の本日(3/20)記事のなかで、米朝さんが連載していた「米朝口まかせ」(2005年9月~2013年11月)からの発言がいくつか引かれている。


いろんなものが東京中心になっている関東と違い、関西は大阪、京都、神戸とそれぞれに異なる文化の味が残っています。これはええことやないかな。
(09年2月)

落語家の師弟関係というのは不思議なもんやで。筋のええ弟子であればあるほど、育てば、やがて師匠にとってもライバルになるんやさかいね。私の一門でも、枝雀はそうでしたな。
(09年6月)



「江戸(東京)落語」に対して、「上方落語」という。
「上方」は、京都・大阪の文化を総じての言い回しである。
大阪は船場を中心にした商人文化であり、京都は町衆と公家が作る都の文化である。神戸の港町文化は明治からこっちとしても、関西人と一括りにできないのは、それぞれがそれぞれ別々にプライドを持っているからだ。これが関東では、鎌倉、横浜がいくらがんばっても、やはり東京に対抗できる、ということはありえない。
そのためだろうか、関西人気質というのは、どこか一極集中ではなく、よくいえば多様性があり、悪くいえばまとまりに欠ける。

俳句界も、そんなところがあるのではないか。

宇多喜代子さんがよく主張している、関西の融通性、波多野爽波が前衛俳人たちと付き合って現代俳句協会へ加盟するような、阿波野青畝や山口誓子がいつまでも日野草城と友情を保っていられるような、そんな気質は、やはり「上方」、関西の風土だと思う。
宇多さんに言わせるとそれは「大阪が町人文化だから」となるのだが、私は上に述べたような、中心地のない(あるいは中心が複数ある)文化だからだと思っている。

なんというか、東京の俳句界では一つのスタートがあって一つゴールがあってみんなで駆けっこをしているのだが、上方では、スタートとゴールがたくさんあるなかでいっせいに競うような、ところがあると思う。
近ごろ勉強した大正末年あたりを想起すれば、東京は丸の内にホトトギス本社がありすべての耳目がそこを中心にしていたように思う。
しかし関西には巨人がいないかわり、子規時代の生き残りである松瀬青々、青木月斗がおり、一方で京都ではホトトギスの新鋭が育ちつつあり、大阪では財界人が俳句を楽しんでおり、というような、そんな価値観の並立を許す独特さが、ある。
イスとりゲームでひとつとり負けても他のイスがあるというような、いやむしろ、イスの取り合いに夢中になっている人たちを茶化して笑ってしまうような、そんなところがあるのが、上方の強みなのではないか。




追記。
関西から東京へ移られてずいぶん長い、関西人な西原天気さんが、当記事に言及してくれていました。
週刊俳句 Haiku Weekly: 後記+プロフィール413

2015年3月18日水曜日

THE HIGH-LOWS頌


THE HIGH-LOWSが好きだ。

BLUEHEARTSの曲は泣きたくなるほど好きだが、HIGH-LOWSの曲はいつも口ずさみたくなる。

HIGH-LOWSの結成はTHE BLUEHEARTSの解散した1995年。
BLUEHEARTSに熱狂した私が、主要メンバーを同じくするHIGH-LOWSを好きになるのは当然の流れだったが、実際には若干の時間を要した。

高校生時代に聞いたHIGH-LOWSは、BLUEHEARTSと比較すると軽薄に感じられたからだ。
想像力 それは愛だ 歴史の果てまで 
漂白剤ぶちまけるぜ 世界の果てまで
                         「コインランドリー」
BLUEHEARTSの名曲「1000のバイオリン」は、次のように始まる。
ヒマラヤほどの消しゴムひとつ 楽しいことをたくさんしたい 
ミサイルほどのペンを片手に おもしろいことをたくさんしたい
「1000のバイオリン」

ここで出てくるアイテムが「消しゴム」「ペン」の順であることは象徴的だ。
BLUEHEARTSにとっての現実世界は、なによりまず消されるべきもの、そして描き直されるべきものであった。伴走者は「ハックルベリー」(※1000のバイオリン)であり「ほら男爵」(※俺は俺の死を死にたい)だった。

世界と対峙し、書き直してしまう英雄的なBLUEHEARTSに比べ、「コインランドリー」で洗濯物を眺めながら漂白剤をぶちまける中年男の姿は、いかにも滑稽に映った。

ところが、HIGH-LOWS「バームクーヘン」では、そうした価値観がまったく覆る。
鳥は飛べる形 空を飛べる形 
僕らは空を飛ばない形 ダラダラ歩く形 
ダビンチのひらめきと ライト兄弟の勇気で 
僕らは空を飛ばないかわり 月にロケットを飛ばす
「バームクーヘン」
しばしば我々は、大空を飛ぶ鳥に憧れ、翼が欲しいと願う。
しかしHIGH-LOWSは、「翼を持って生まれるよりも 僕はこの両手が好き」と歌うことに成功した。
叶わぬ夢を夢見る子どもではなく、自ら夢を叶えてきたことを誇る大人のたくましさが、そこにあった。
そのことに気づいたのは、私が大学生になってからだった。

以来、私はむさぼるようにHIGH-LOWSを聞くようになった。
それでもBLUEHEARTSに較べると、やや生硬で直接的すぎる表現が好きになれないこともあった。
会社にもバカがいる インターネットにバカがいる 
どこにでもバカがいる  子供でも知ってるよ
「バカ(男の怒りをブチまけろ)」

バカテレビやバカ雑誌に生き方を教わる 
キミは何だ オレはパンダ 上野で待ってるぜ
だがその直接すぎる力強さに、何度も救われたのも事実であった。
月光陽光 俺を照らすよ 
月光陽光 なんて力強く

アネモネ男爵 退屈を知ってる 
他人のために生きる 退屈を知ってる
「アネモネ男爵」

かつて青春の真ん中で「見えない自由」を欲したバンドは、いつしか青春そのもの(cf.
青春、岡本君)を歌う立場になった。青春を美化して歌えるのは、むろん青春を過去のものとして眺められる「大人」の視点を持ったからだ。

子どものころに わかりかけてたことが 
大人になって わからないまま

一人で大人 一人で子供

彼らはもう無理解な「大人」に対する「子ども」ではなかった。「子ども」の時代を経てしかも失わず「大人」になった彼らは、まさに無敵である。

  考えは変わる青のり一つまみ  塩見恵介
  西日暮里から稲妻みえている健康  田島健一

「大人」たちは社会と戦い、罵倒し、疲れきり、ときに青春を苦く懐かしみながら、しかし確かな現実を生き、たくましく謳歌していく。そんな「大人」のRockが、HIGH-LOWSだった。
まっすぐ歩かないから まっすぐ歩けないから 
僕が歩いたあとは 曲がりくねった迷路 
迷路 迷路 迷路 迷路 
 「迷路」

おーい おっさんおっさん そんなに目クジラ立てて 
おーい おっさんおっさん 血走った目で
一服しようよ 短気は損気 
カッコイイ音で 高速充電 
「俺軍、暁の出撃」

ちなみに私は「Born To Be Pooh」を、人生のテーマソングと定めている。

みんながあっと驚くような 大発見するかもしれない 
Born To Be Pooh 
Born To Be Pooh 
「Born To Be Pooh」


2015年3月11日水曜日

THE BLUEHEARTS賛


THE BLUEHEARTSが好きだ。

校歌斉唱やバースディソングの合唱さえ躊躇う、自他の認める「絶対音痴」で、古典はもちろん洋楽にもJ-POPにもほぼ関心のない私が、THE BLUEHEARTSのアルバムCDだけはすべて購入している。
ほかに聞くのはHIGHーLOWSとクロマニヨンズくらいだから、文字通り偏愛である。


THE BLUEHEARTSの結成は私の生まれた1985年。
解散は10年後で、「リンダ・リンダ」や「TRAIN TRAIN」「情熱の薔薇」など全盛期の曲を聞く機会もあったはずだが、記憶がない。

私がはじめて彼らを認識したのは中学校に入ってから。
入部した文芸部の部室で、なぜか毎日大音量でかかっていたのが「THE BLUEHEARTS SUPER BEST」だった。
ハンマーが降りおろされる 僕たちの頭の上に 
ハンマーが降りおろされる 世界中至るところで
私の母校は中高一貫で、当時文芸部には高校生の先輩が数名所属しているだけだった。
そのうちひとりが趣味でバンドもしているロック好きで、CDはその先輩が持ち込んでいたのだった。

はじめ騒音にしか聞こえなかったものが、やがて歌詞に惹かれて口ずさむようになり、貸借してから購入に至るまでは長くかからなかった。
トゥー・トゥー・トゥー・・・・・・ 
どこまで行くの 僕達今夜このままずっと 
ここにいるのかはちきれそうだ 飛び出しそうだ 
生きているのが すばらしすぎる

生きるということに命をかけてみたい 
世界がはじまる前 人はケダモノだった
音楽といえばアニメのOP、EDくらいしか聞かなかった思春期の文系オタクに、彼らの歌はまず生命賛歌として響いた。
すべての僕のような ロクデナシのために この星はぐるぐると回る
THE BLUEHEARTSが、いわゆる「不良少年」たち(cf.「ろくでなしBLUES」「クローズ外伝 リンダリンダ」)から、コミュ障文化系(Cf.伊集院光穂村弘)にいたるまで幅広く熱烈に支持されているのは、彼らがマイノリティの立場をやや自虐的に、しかし力強く肯定したことに由来しよう。
自らを「ロクデナシ」と規定し、マイノリティとしての「生」と「愛」を歌うBLUEHEARTSは、多くのジャンルに普遍の青春の鬱屈を、独特の形で表現した。

折しも神戸連続殺傷事件など少年犯罪に関する報道が過熱であった。

少年の声は風に消されても ラララ間違っちゃいない 
そしてナイフを持って立ってた そしてナイフを持って立ってた
BLUEHEARTSの歌は事件よりはるか前に作られたものだったけれど、その鬱屈は確かに共有されたのである。
見えない自由が欲しくて 見えない銃を撃ちまくる 
 「TRAIN TRAIN」
70年代の「政治の季節」はすでに遠く、バブルの狂騒から、すでに崩落が起きつつあった。

THE BLUEHEARTSが歌いあげたのは、これから何にでもなれる若さのすばらしさと、現実には何も持っていない、何をするにも無力な、若者の切ない悲鳴であった。

僕らは泣くために生まれたわけじゃないよ 

チェルノブイリには行きたくねぇ 
あの娘とKissをしたいだけ 
こんなにチッポケな惑星の上
「チェルノブイリ」

彼らは、さまざまな矛盾と不幸のあふれた現実社会に対して、何もできない、なしていない自分の弱さと、それでも好きな人と過ごしたい、好きな音楽を聴いていたい、自分たちの素直で等身大の欲望を、くり返し歌った。
あれもしたい これもしたい もっとしたい もっともっとしたい
愛することだけ考えて それでも誰かを傷つける 
そんなあなたが大好きだ そんな友達がほしかった
                      「ながれもの」 
何も持たず、何もなしえていない自分自身の欲望を、それでも肯定し歌いあげたBLUEHEARTSは、だからこそ他人の欲望にも寛容であろうとした。
お互いの欲望を認める優しさ、それを彼らは、「愛」と呼んだ。
生きているっていうことは カッコ悪いかもしれない 
死んでしまうということは とってもみじめなものだろう 
だから親愛なる人よ そのあいだにほんの少し 
人を愛するってことを しっかりとつかまえるんだ 
「チェインギャング」

それは、安易なラヴソングが使うerosではなく、限りなくagapeに近いものではなかったか。現実では難しい、そんな「人にやさしい」世界を夢見るから、BLUE HEARTSの歌は青く、美しく、また、切ない。


それはまさに、「青春」と呼ばれる刹那がもつ、はかなくも美しい切なさであったろう。

 カンバスの余白八月十五日  神野紗希

 
 ヒヤシンス幸せがどうしても要る  福田若之


THE BLUEHEARTSは当時、「社会派バンド」と呼ばれ、時事的なメッセージ性の強い作風で知られた。しばしば彼らは、Rockでありながら、いやだからこそ、「良識」を歌うことを期待されつつあった。


私がBLUEHEARTSにハマったのは彼らが解散した後だったから当時のことはよくわからない。

しかし、次第に彼らはそうしたレッテルを重荷に感じていたのかもしれない。
どっかの坊主が 親のスネかじりながら 
どっかの坊主が 原発はいらねえってよ 
どうやらそれが 新しいはやりなんだな 
明日はいったい 何がはやるんだろう 


永遠なのか 本当か 時の流れは続くのか 
いつまでたっても変わらない そんなものあるだろうか

かつて「少年の詩」を歌った彼らも、大人になった。

変わらず、「大人」たちを批判しつづける選択肢もあっただろう。

しかし彼らは、鮮やかに、軽やかに変化していった。
彼らはより自由に、ストレートに、Rockを歌い始めたのである。

それは、次のステップ、すなわち、THE BLUEHEARTSからTHE HIGH-LOWSへ変化する、準備段階でもあった。

2015年2月24日火曜日

俳壇史を読む

 
俳句をやっていると、俳句が好きなのか、俳句を通した人づきあいが好きなのかわからなくなる、ということは、誰しも多少思い当たるのではないか。

そのくらい、俳句をやっている人たちとの付き合いは面白いし、日常、ただ当たり前に仕事しているだけでは出会えない、俳縁というのか奇縁に恵まれることも多い。
だから俳人同士の交流録は、俳句史的な関心を除いてもたいへん面白いものだ。

最近では、週刊俳句に発表された今井聖氏の「奇人怪人俳人」シリーズが面白かった。こういう、生の作家評というか、実際出会った人たちの思い出をつづる俳人評は、自伝的要素もふくめて俳壇史の貴重な記録でろう。

先日参加したばかりの宇多喜代子氏、青木亮人氏による対談「昭和俳句の旗手Ⅰ」でも話題になっていたように、活字で記録された作品、とおり一遍の俳壇史では読み取れない、生の情報、こぼれ話こそ、その作家の思考や人間性、また折々にくだした決断の背景を知ることにつながる。

宇多さんが阿波野青畝を訪ねたとき、
「あんたは桂さんとこの子やな。桂さんは日野草城くんのとこの子やな。草城くんは、僕の大切な友だちや」
と言って、茶菓子にカステラを二きれもくれた、という話。

日野草城がハンサムだったことは有名だが、宇多さんが写真の草城に似た人を見つけて桂信子さんに伝えたところ
「あんなゲタみたいな顔じゃない」
と言下に否定されてしまった、そのくらい桂信子によって草城はすてきな人だったという話。

あるいはさらに、新興俳句の最終走者のひとりともいえる宇多喜代子が、
「今は歳をとって元気がなくなってきた。無季俳句は気力がいる。今は季語におすがりしないと一句ができない(笑)」
と冗談交じりに語ったこと。

それらは作品にのみ向き合う「作品論」とはまた違う「作家論」の関心であり、また俳句というジャンルを形成してきた人間への興味関心である。



西東三鬼「俳愚伝」は、読み物としての俳人録では別格の傑作で、俳句史というより戦後文学史のなかに異彩を放っている。
三鬼の文才は「神戸」「続神戸」で発揮されたとおりである。戦後混乱期の神戸に、多様な国籍、性別、職種の人たちとごっちゃになっておくる混沌無頼生活を、醒めた筆致で描写する文体は、デカダンともコスモポリタンとも評され、評価が高い。
「俳愚伝」はさらに、三鬼の俳句遍歴をつづったもので、投句時代から戦中の俳句弾圧、投獄、そして戦後の新俳句人連盟の設立から決裂へ至るまでが淡々と書かれている。

これらは『冬の桃』としてまとめられ、ドラマ化もされた(NHKアーカイブス ドラマ人間模様 冬の桃)。講談社文芸文庫にも収められている。


それより俳壇史的な関心を満足させてくれるのは、水原秋桜子『高濱虚子』だろうか。
秋桜子による俳句との出会い、素十やほかのホトトギス作家たちとの友情、なにより虚子への尊敬と、「「自然の真」と「文芸上の真」」を発表して訣別にいたった過程がつづられ、なかなか感動的である。
すでに古典的とさえ言える名著で、むろん自伝がそのまま「真実」であるはずもないが、現代俳句史を理解するうえで避けて通れない。

自伝でいうと金子兜太にも『わが戦後俳句史』(岩波新書)がある。
兜太氏の自分語りは他にも多いが、比較的はやい段階で書かれたので青春期が詳しく、いま読んでも面白い。
私ごとながら、兜太が日銀神戸支店に赴任時代、三鬼や六林男、堀葦男ら関西俳人と交わって毎晩遅くまで語り明かした、というその日銀寮や、長男が通ったという本山幼稚園は、まさに私の家のすぐ近所にあり、読むたびなんだか奇妙な感じがする。


この半年ほど浅井啼魚について調べていて参考になったのは、大橋桜坡子『大阪の大正俳壇』である。桜坡子による「大阪俳壇回顧」という連載を、大阪俳句史研究会がまとめて一冊としたもので、大きな図書館か、古本屋で手に入るようだ。
大橋桜坡子は、現在ではさほど知られた名ではなくなっているが、虚子直門の作家として、関西の重要人物だった。
大正初年に俳壇に復帰した虚子=ホトトギス派だが、いわゆる大正主観派とよばれたホトトギス初期の有力作家(鬼城、蛇笏、石鼎、水巴、普羅)が関東方面で活躍していたこともあり、関西では勢力が小さかったようだ。
当時は青木月斗、松瀬青々といった子規時代の作家も多く残っており、ホトトギス作家は丹波の西山泊雲、京都で学習塾をひらいた野村泊月の兄弟、それに当時関西で療養中だった島村元がいるくらいだった。
大橋桜坡子は泊月を擁して淀川俳句会などで活躍、関西におけるホトトギス派の一大拠点となった「山茶花」創刊にかかわることになるのだが、その前後の経緯も微妙、複雑で、それが当事者の目を通して的確、かつ、繊細に描写されているところが読ませる。
俳壇史の大きな流れではないものの、草城、誓子、青畝らを生み出した「関西俳壇」黎明期を語る書として貴重なものであろう。

そのほか、今回読んで面白かったのは皆吉爽雨『山茶花物語』
あまり所蔵もなく古書でしか流通がないと思われるが、同じく関西の「山茶花」に集った作家のなかで比較的若年だった皆吉爽雨が、晩年『雪解』に連載したものである。

「山茶花」というのは奇妙な雑誌で、「ホトトギスの関西探題」(三村純也「下村非文」『大阪の俳人たち4』)とも評される、ホトトギス内の総合誌的な位置づけの雑誌だったようだ。
もともと野村泊月を雑詠選者として創刊されたが、のち泊月が主宰誌をもつことになり選者を退任。大橋桜坡子、皆吉爽雨、田村木国、中村若沙の四人選者制で継承され、さらに戦後、木国が主宰誌として名称を引き継ぎ、下村非文、石倉啓補を経て現在三村純也氏に継承されている。

その「山茶花」の、創刊や選者交代の経緯について、爽雨は訥々とした美文で追憶していく。どこか夢見心地な文体で折々に活躍した作家の横顔が綴られ、魅力的である。

ところが、「大阪俳句史研究会」の成果によれば、この本はずいぶん問題のある本のようだ。『俳句史研究』20号(2013)所載の「対談「俳句史研究会」創設の頃」に、次のようなくだりがある。宇多喜代子、坪内稔典の対談に、会場の三村純也氏が参戦している部分。
三村 あれ(引用者注、『山茶花物語』)は、かなり・・・・・・ 
宇多 そう。それで、それを苦言を言ったんだって。「山茶花」の・・・誰だろう。 
三村 大橋宵火さんが。 
宇多 うん。宵火さんが。苦情を言ったら、「だから物語としております」と言われたんです。物語というんだから、「山茶花」に関することも物語風で。(中略) 
三村 青畝先生はね、「山茶花」というのは、泊月のお宅のトイレのところにサザンカが植わっていたから「山茶花」という名前にしたんですって。 
宇多 うんうん。 
三村 それが、青畝先生は赤い山茶花だったとお書きになっているのね。『山茶花物語』には、「真っ白な(爆笑)美しいサザンカが植わっていた」と。どうせ植わっていたところ、便所の前やないかと思うんやけどね。



語りは、増幅する。

当事者といっても、その語りは語るうちに物語化し、定型化し、いつか記憶も変化する。
そのことをふまえて、事実を確定していくことは、これは後世の役割であろう。
しかしそれでもなお、当事者の生の語りは貴重であり、またおもしろい。

『現代詩手帖』2月号掲載の、吉田隼人氏による短歌時評において、吉田氏が『茂吉の体臭』(斎藤茂太)にならって塚本青史『わが父 塚本邦雄』(白水社、2015)をとりあげた言い回しにそって言えば、まさしく「作家の体臭」を伝えることこそ、「俳句史」のもうひとつの役割であろう。



戦後作家の「体臭」にまで肉薄する、宇多喜代子×青木亮人の対談「戦後俳句の旗手Ⅱ」は今週土曜13:30~。伊丹柿衞文庫にて。

柿衞文庫開館30周年 俳句資料室開室7周年記念 昭和俳句の旗手 日野草城と山口誓子



追記、参考記事
週刊俳句 Haiku Weekly: 俳句甲子園と僕 山口優夢

山口氏のはきれいに纏めすぎで、学問的にはだいたい自己神話化を疑われる体のものだが、・・・
ウラハイ = 裏「週刊俳句」: ●主体は変容するのか 1/2 橋本直