2013年12月18日水曜日

深沢眞二『連句の教室』


そろそろ怒られるかな、と思っていたら、案の定麒麟さんから「ブログもたまには更新しなきゃダメだよ」とメールが入ってしまったので、反省。

今週末に迫った俳句Gathering 2の第二部では、小池正博・康生のW小池氏のクロストーク「俳句vs川柳~連句が生んだふたつの詩型~」を予定しています。
その予習・宣伝もかねて、連句の話題など、少し。

五七五・七七をつなげる「連歌」のうち、俳言(俗語や漢語)を多く取り込んだ「俳諧之連歌」が生まれ、第1句の「発句」が独立して「俳句」になった、 
一方「川柳」は平句の「前句付け」から出発した・・・
など、このくらいの知識なら、簡単な解説を読めばたいてい書いてあります。

近代の「俳句」に対して、近世の「俳諧」が違うものだ、という知識は、多くの人にある(特に俳句関係者には常識的)と思います。
その一方で、芭蕉の「句」を、我われはつい「俳句」として鑑賞してしまい、「連句」としての鑑賞をすることがない。
それで、本当にアリなのか。「発句」だけ独立して鑑賞されるようになったのはなぜか?「川柳」にかかわって言われる「前句付け」とは何だろう?

俳句好きなのに連句を知らない、という一種のコンプレックスは前々からありました。
そこでいくつか入門書を手に取ってみたのですが、今年8月に出たばかりの深沢眞二氏著『連句の教室 ことばを付けて遊ぶ』(平凡社新書)という好著を読みましたので、ここでご紹介したいと思います。
著者は和光大学で教鞭を執り、芭蕉など連歌・俳諧の研究では第一線で活躍中の人物。1991年第1回柿衞賞の受賞者でもあります。

本書は深沢氏が和光大学で実践している講義をもとに、実況形式で書かれています(2012年度春季共通教養科目とのこと)

つまり読者は学生気分で、実際に毎週の講義で蓄積されていく連句の教室=「座」に入り込むことができるし、0から知識を蓄えていくことが出来るという寸法。
実況形式ということでは小林恭二『俳句という遊び』(岩波新書)に近いですね。
トランプでもなんでも、ゲームは説明うけるより「やったほうがはやい」ことが多いもので、ややこしい式目(ルール)がこと細かに書かれた入門書よりは、実践形式の講義に、いっしょに参加して楽しんだほうがわかりやすい、というわけ。

ここで冒頭、「まえがき」の一部を引きます。
連句は、言葉を使った遊びの一形式です。 
それは、文芸としての前段階である「連歌」の起こりから数えれば、すでに千年におよぶ歴史を持っています。現在おこなわれている一般的な連句は、芭蕉(一六四四~一六九四)の時代に定着した全三六句の「歌仙」形式の「俳諧之連歌」に範を求めていますから、そこからでもすでに三百年あまりの時間を経過しています。・・・・・・ 
「短歌」や「俳句」や「詩」の実作の授業なら、受講生一人一人の名のもとにそれぞれ独立した作品を求めることになるのでしょうが、連句はもう少し、作品の創作主体が集団に溶けている形式です。そのつど前句が提示されて、それに句を付ける、いわば「続きのお話を加える」ことを求めます。

なるほど、「創作主体が集団に溶けている」とはおもしろい言い回し。
俳句でもよく「座の文学」という言い回しがありますが、たしかに、一度参加した連句の座では、俳句とは比べものにならない「座」の共同性、連帯感がありました。
句を付けるにあたっての評価のモノサシは、お話として前句とつながっていることを前提として、他の人の思いつかない独自の展開の句を付けることです。言い換えれば、連句は、前句という条件を与えられた状況下での、想像力の競争です。「ちがったことを付けることができた人が勝ち」になるゲームなのです。
独自の「展開」ということ、独自性では個性が重要だが、あくまでも「ちがったことを言う」ではなく「付ける」、前句とのつながりのなかでの個性という縛り。
うーん、なかなか難しそう。

毎回の授業は、「前句」が掲示され、「付句」を提出、翌週の講義で高得点や講評が発表されたうえで、採用された次の「前句」に対する「付句」を提出させる、という形で進められていきます。
半期で三六句(歌仙)を完成させるため、ときどき深沢氏が付けたり、グループ実作としてそれぞれに付け合いを進めさせていく形式をとったりもします。

ここで実際の作品と、深沢氏による選評を聞いてみることにしましょう。次の句は例示にあげられた「和光連句2010」のうち第三句から第五句。

 3 天に向けまた目を覚ますふきのよう  二狼
 4  にがい失敗成功のもと  山左右
 5 月面へ届かなかった13号  無頼庵五月

以下は4、5の句評。
この4は私の句(注、山左右は深沢氏の俳号)ですが、「ふきのとう」に「にがい」を付けているだけで、むしろ続く5で大きく展示させようとした、抽象的で漠然とした句です。こんなふうな、連句の進行ばかりを重視した性格の句を「遣り句」と言います。 
・・・・・・そうしたら期待通り、この4がすばらしく新鮮な話題を提供して転じてくれました。1~3とはまるで違う世界へ、想像力が飛躍しています。4を受けて、アポロ13語がそうだった、と具体例を示したのです。・・・・・・
俳句をやっている人間からすると、4の句はきわめて理屈っぽいし、5も単独で見ると当たり前のように感じます。一方、「4」から「5」への飛躍は、はっとさせられるものがある。実際参加していて4句への付け句を考えているときに、5句のアポロが宇宙に連れて行ってくれたら、すばらしいだろう。
要するに、「3+4」「4+5」というくくりで見なければいけないということ。

次は本番である「和光連句2012」から。

 5 明月に小さな自分噛みしめる  史
 6  いただきますと拝む新米  山左右
 7 秋祭り弁財天に願を掛け  誤喰

ちなみに第5句は、いわゆる月の定座。かならず月を詠み込んだ句を作る場所です。
連句には三六句のなかで「月」や「花」を詠み込むべき定位置(定座)が原則決められているわけですが、そんなルールがなぜ生まれたのか、それは連句が書かれるときのスタイルに原因していることが、本書96100ページに解説されています。大変わかりやすいので、どうぞ本書をお読みください。
上では、第5句の「月」から第6句が秋の季節感と「噛みしめる」感覚を付け、第7句「秋祭り」へつないでいます。では第7句に対する付け句の講評から。
 恋の神器はピンクの腕輪  宅権 
これ、ちょっとはっとしましたね。そういえば弁財天さんって腕輪しているなって。細かなポイントをよく付けてくれたと思います。ただ、「神器」という言葉は、強すぎるかもしれません。
ということで最終的な付け句は、

 8 恋のまじないピンクの腕輪

と添削されて採用されたのですが、「恋の神器」のほうがマジックアイテムぽくて面白いのに、「まじない」では類型的でぼけてしまうのではないか。
このあたりのぼやかし方が、連句的な「溶けた」感じなのか、それとも捌き手である深沢氏の個性なのか。そのあたりは曖昧ですが、「俳句」という文芸が「連句」と分かれた、その根拠の一つであろうとは思えます。
一方で平句から生まれた「川柳」は、なぜ分かれていったのか。「発句」との違いは何か。
そのあたりの機微を、俳句Gathering当日は考えてみたいところ。




本書の連句には、実は和光大学で講師をしていた俳句作家の高田正子氏も参加していて、本文中では言及がないのも、個性が溶けた共同体集団ならでは、と言えましょうか。

高田氏による解説、「連句の教室濫入記」は、俳句作家から見た「連句の教室」見聞記なので、俳句関係者には一層読みやすいでしょう。


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