2016年11月6日日曜日

寒天句鑑賞


中山奈々(なかやま・なな)

Chapter

【感じて】

久留島さんから「いつになるか分からないけれど、寒天を《Kuru-Cole》に取り上げるとき、鑑賞書いてな」と言われ、いつものように何も考えずふたつ返事をした。

句稿が送られてきて、しまったと思った。身近な人の俳句ほど鑑賞しにくいものはないのだ(というとお前の文章はそもそも鑑賞でもなんでもないだろうという声がどこからか飛んでくるが、それは無視しておこう)。
殊、寒天に至っては、彼女が俳句を始めた高校一年生から知っている。その当時の顧問の考えで、一年生ひとりに卒業生ひとりが指導者としてつけられた。
なんの巡り合わせか、彼女には(かなり迷惑だっただろうが)私が充てがわれた。
俳句甲子園に向けて、二日に一回、彼女からメールがくる。わずか五句。なんだこいつは。二日に一回でしかも五句って! やる気があるのか。
と思いながら読む。読んだ句にコメントやアドバイスを打っていくのだが、文字が止まらない。ダメ出しのためではない。粗い。粗さしかないのに、書いているうちに褒めることしかできなくなる。高校生に対する気遣いや優しさなんて今以上に持ち合わせていなかった。なのに褒めてしまうのは、この句は必死に立ってんだ、と思ったからだ。
必死に立っている。ときおり背伸びもするけれど。座っていたら誰も見つけてくれないことを、知っていたのだろう。彼女の句はいつも立って、待っていた。
本当は泣きたいくせに、泣くのってなんだか面倒くさくないですか、と笑う。疲れているのに、今日の楽しさに必死にしがみついている。そんな、口に出さない痛みに惹かれた。
永遠の十四歳(※)といって周りを明るくする。十四歳。自分が何者なのか、何者になれるか、わからない十四歳。わからないと言えない十四歳。
照れ臭そうに「わかったんですよ」と俳句にする。「実はですね」と俳句にする。そんな俳句だから、誰かから「きみの俳句はわからないね」と言われると首を傾げながら寂しそうに笑うのだ。またひとりになってしまいましたよ、また誰かを立って待っていますよ、という代わりに。
やっぱり身近な人間の俳句の鑑賞は難しい。ひととなりや思い出話ばかりしてしまうから。
だから、ちょっと長くなるが、これ以降、寒天無視ーそれもどうかと思うがーの文章にする。それに私以外の執筆陣はどうも一流揃いなので、ここはもう二流三流の書き手の勝手を許して貰おう。

 大人の気配感じて水鉄砲やめる   寒天


大人の気配感じるまでは水鉄砲をし続けよう。冬だけど。

1、永遠の女子中学生だったかもしれない。どちらでもいい。


Chapter

 【運んで】

高校演劇。それは大根役者より下に見られる。学生演劇でも専門学校でも、何かしら演劇と関わって小劇団に入る。ええ、まあ、というだけの端役だって、ここまでくれば「自分、演劇やっています」といえる。それまでは言いにくい。いや言っても構わない。でもそれを周りがどう見るか、それは知らない。
高校演劇が演劇ではなく、部活の馴れ合いと捉えるひとが、世界があってもそれに関わっているニンゲンは真剣だ。
「今回は、オリジナルじゃないのか」
「うん」
「珍しいね。毎年コンクールはオリジナルだろ」
「オリジナルにこだわりがあったわけではないからね。慣例? 通例? それに縛られていただけ。それに部員数の少なさからオリジナルにせざるを得なかったというのもあるし。あとは演技で賞取れなくても、オリジナル脚本なら、そっちで賞貰える可能性があるっていうか」
「あ、いやらしい裏事情を聞かされた」
「聞かされたって。聞いて来たのそっちだから」
「まーね。で、何やるの」
「寺山修司」
「それはまた……
「第一候補が、『毛皮のマリー』」

 月光を泳ぐあなたを殺したい   寒天

「最初のシーンからバスルーム。マリーが出たあとで情夫が浮いているの」
「ねえねえ、マリーが出たあとでって、マリー、裸なんじゃないの。いいの? 高校演劇的に裸、いいの?」
「それらしい雰囲気にするだけだよ。それに……

 五月病からだの一割が性器   

「それに……?」
「ニンゲンって生きているだけで、エロい」
「え、何言い出すの、急に」
「毎日風呂入るでしょ。で裸になる。それがたまたま舞台の上になっただけっていう。そうなんだよ、生活ひとつひとつが実はエロいんだよ。見られて初めてエロいって意識するだけで」
「え、ちょ、ちょっと待って話についていけないというかなんというか」
「うん。みんなもそう言っていた。欣也が蝶について話すシーンだけでもやりたかったな」

 夏蝶の跡べつたりとある車窓   

「でも欣也が、蝶の話をするだけのシーンじゃ成り立たないだろ」
「だから紋白がくるんじゃない」

 秋蝶の影つややかな手水鉢   

「それでもひたすら会話劇じゃないか。観客は飽きるだろ」
「あくびしたやつは殴ればいい」

手鞠花で殴れば振り向いてくれた

「無茶苦茶だな。そんなことするくらいなら他の作品にしなよ」
……うん。だから第二候補の『身毒丸』にする」

 白露を抱いてゐる母を抱いてゐる   

「よりR指定度、高くなってない?」
「でも『身毒丸』、よく知らない」
「じゃあなんで候補に挙げたの」
「で、最終的に『星の王子さま』になった」
「サン=テグジュペリ?」
「いや寺山修司の」
「あ、そうか。でもあれ、人数多いよね。部員足りるの?」
「役与えず、台詞全部無くし、ひたすらみんなで舞台を歩く」
「もうそれでいいと思うよ」

 誰も笑わず月を運んでゐるをどり


Chapter

【おで】
ふくろふの首に拳を沈めけり  寒天
ふくろうに聞け快楽のことならば  夏井いつき 『伊月集 梟』(2006)
 
寒そうなゾンビが駅で待つてゐる  寒天
秋麗ゾンビのような車掌の声  御中虫 『おまへの倫理を崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』(2011) 
愛のある酒はうつくしおでん食う  寒天
涼新た良き酒は奢つてもらふ  中山奈々 「里」2016.9

Kuru-Cole 6 寒天


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