2015年5月5日火曜日

詩型と笑いと


書評家、文芸評論家で、(俳句に詳しいけど中の人じゃない)千野帽子氏は、「俳句はモノボケ」だという。
この点で俳句は一発芸である。句を作った本人も、作った瞬間には句の意味がわからない。作った本人は作者でありながら最初の解読者でもある。 
一発芸の中でも、一番近いのはお笑いでいう「モノボケ」だろう。ピースの又義直起算がモノボケという即興性の高い芸について書いている。 
 「モノボケ」と言って、人間、ヤカン、バット、長靴、刀、一輪車など様々な小道具を使って何か面白いことを言ったり演じたりするという類の芸があるのだ。モノボケを行う際、僕から出る言葉はモノの言葉でもある。少なくとも、その物体を持たなければ僕から自然に出ることはなかった言葉だ。 
『第2図書係補佐』(幻冬舎よしもと文庫、二〇一一) 
モノボケだったら、舞台にあるモノのどれかを使わなければならない。俳句だったら季語を使わなければならないとか、一定のルールがある。
千野帽子『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)


ここには言及がないけれど、俳句が具象的表現を好み、物に寄せて思いをのべる「寄物陳思」に相性がいいとされることも、おそらくは意識されているのだろう。
私自身は、たとえば「季題」をふくめ、兼題席題など題詠にこだわる俳句の在り方は「大喜利」的だと思っている。
俳句は「モノボケ」だけではないが、目の前にあるモノを使い、即興でモノを中心に組み立てていく「モノボケ」に近い発想力が必要という説明は、きわめて納得がいく。



先日、若手歌人の方々と話す機会があり、短歌と俳句と川柳の違いについて話題になった。
(短詩型にかかわる人々の間でくりかえされる話題のひとつである)(飲み会の話題とシンポジウムの話題が一緒ってのもどうなんだ)(しゃべってるとおもしろいからいいか)

そこで「短歌は漫才だと思っているんです」という発言をうけた。(じゃこさん)

いま適当な短歌の構造論を引くだけの余裕がないが、上の句(五七五)、下の句(七七)の対話性が短歌の生理なのだという見立ては、ある種の説得力を持つ。
その場合、確かに上の句だけしかない俳句は「一発芸」的であり、「モノボケ」説にさらに傍証を加えることになる。

私自身もかつて指摘したことがあるが、時に名句には「それがどうした?」と言いたくなる句が多い
かつて私はこれを「ツッコミ待ち」と評したが、俳句を一発芸と捉えれば「ツッコミ待ち」の姿勢も納得がいこうというものである。



一方の、「川柳」。

席上、私は現代川柳が「モノボケ」ではない「一発ギャグ」的な、どこに着地するかわからないけど、突然自分のギャグを放つタイプになっている、と紹介した。

 うまい棒緩衝材にちょうどいい  松橋帆波
 げんじつはキウイの種に負けている  なかはられいこ

川柳スープレックスでとりあげられている句から任意に引いた。
どちらの句も、実に「一発芸」的ではないだろうか。

たとえばこれらの句は、「かいーの」とか「アメマ!」とか(Ⓒ間寛平)、「そんなの関係ねぇ!」とか(Ⓒ小島よしお)、それぞれ、急に文脈を無視して挿入される違和感によって、笑いを生み出すタイプのギャグである。



しかしこれは、今思えばあまり親切な紹介ではなかった。
「川柳」は、なによりもまず「ツッコミ」としての機能を紹介しなければ、アンフェアだろう。

 役人の子はにぎにぎをよく覚え
 まだ寝てる帰ってきたらもう寝てる

上は古川柳、下はサラリーマン川柳初期の名品。

 手と足をもいだ丸太にしてかえし 鶴彬

いまさら、と思うものの、やはり印象的な鶴彬の一句。

これらはいかにも川柳のもつ批評性、すなわち川柳の批評用語で「穿ち」とよばれる性質をよくあらわしており、いわゆる諷刺精神に満ちている。
ただし鶴の句のもつ批評性と、

 憲兵の前で滑つて転んぢやつた 渡辺白泉

のもつ批評性の差を指摘するのは、やっかいであろう。

 なんぼでもあるぞと滝の水は落ち 前田伍健
 滝の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半

川柳と俳句の違いとして、しばしば引用、比較される両句。

やはりどちらかと言うと俳句は「ツッコミ待ち」の気配があり、川柳は「ツッコミ」が必要なく、それ自身で完結し、ツッコミまで自分で引き受けているような、そんな感触がある。

昨年、「プロムナード短歌2014」で、島田修三氏が俳句の五七五に川柳をつけると短歌になる」と発言されていましたが、この「ボケ」「ツッコミ」の関係を単純化すると、短歌の「漫才」になる、ということかなあ、とも思う。

ただ、川柳にせよ俳句にせよ、現在の「広がり」は、とてもそんな原理原則どおりにはいかないのですが。
 

追記。
居酒屋の雑談から派生してかるく書いた記事が、ものすごく丁寧に読まれている件。


川柳スープレックス 問と答・短歌と川柳の合わせ鏡~曾呂利亭雑記をきっかけに~②


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